遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
187 / 414
BT.H

#3

しおりを挟む
 そのマンションを訪ねるのは約5カ月ぶりだった。その5カ月が、長いのか短いのかはよく分からない。訊ねた相手は、付き合いも長く、仕事上でも、プライベートでもまあ友人と言っても差し支えない人物だ。しかし、学生ならともかく、お互い社会人の友人の家を訪ねるようなことはあまりないのが普通だろう。
 さらに言えば、家主は他人を家に入れるのを好まない男だ。仕事柄なのか、生い立ちのせいなのか警戒心が異常に強い。
 10代の頃からの知り合いだが、住居は半年と経たずに変えることもざらで、一度も行ったことのないまま引っ越ししたこともあるくらいだ。ただ、それでも、連絡先を教えてくれるだけほかのヤツらよりは信頼してくれるのだと思う。
 口が悪く、罵倒するし、パシるし、小突くし、睨むけれど、困っている時には必ず力を貸してくれる。だから、大抵、ここを訪れるときの土産は厄介ごとだった。やっぱり5カ月ぶりでも訪問回数は多かったのかもしれない。そう頻繁に厄介ごとを持ってきていたら、さすがに愛想をつかされると思う。

 今日は外回りだと分かっていたので、春コートを着てきたのだが、随分と温度が上がってしまって、それは、腕の飾りに成り下がっていた。ちょっと気を利かせたつもりが、裏目に出るのはいつものことだ。ブルー系のスーツに地味なネクタイをだらしなく締めて、寝起きのようなぼさぼさ頭の男。セイジは、友人宅への階段を上っていた。
 その部屋は、あまり治安のいいとは言い難い場所にあった。理由を聞くと、家主は『家賃が安いから』と、イマイチ真偽が分からない返事を返す。彼は非常に面倒くさがりなところがあって、話を最早理解できないレベルまで省略する癖があった。
 その場所の治安が悪いからというわけではなく、先日、自分の依頼した仕事のせいで怪我をした時も『ヤクザの抗争のとばっちりで家を襲撃された』と、すぐにわかる明らかな嘘をついていたくらいだ。

 その家の家主は弟と二人で暮らしていた。彼と出会ったのは、高校に入った頃だったから、多分もう7年以上前になる。とある事件に巻き込まれた友人を彼に助けてもらってから関係は続いている。
 ただ、後に知り合った弟の方と違って、兄はあまり愛想がいい方ではない。その上、自信家で、皮肉屋で、口が悪い。本当に友人と感じてくれているのか疑問に思ってしまう時が多々ある。
 対して、弟の方は人懐っこく、温和で、誰にでも好かれるタイプで、少し子供っぽいところもあるけれど、付き合いやすかった。多分、この弟の存在がなかったら、兄ともその後の付き合いはなかったんじゃないだろうか。

 セイジが、警察官になって、約2年。彼らにいちおう法的には問題ないとはいえ非公式な仕事を頼みに行くのはすでにセイジの仕事の一つだと、彼が所属している部署では認識されていた。最近、国家資格の『特殊業務代行者資格免許』通称特務ライセンスを取得したので、公式での依頼もできるようになったのだが、彼らの裏の顔をセイジは知っていた。

 バレたら懲戒免職かな。

 セイジは思う。
 彼らのしている裏の仕事のことを知ったのは警察官になる前だ。通称ハウンドと、呼ばれるものの中でも特に合法・非合法を問わずどんな仕事でも受ける何でも屋。彼らの仕事は諜報活動から、裏社会の重要人物の警護、戦闘、依頼品の調達、運び屋、暗殺等々。法律ではなく、彼ら自身のルールに従い、まさに『何でも』するのだ。
 しかし、彼らを刑事的にどうこうしようとは思わない。それを知っていても自分は彼らと友人になったのだ。無辜の民を守れるなら!と、握り拳を握るまでもなく、この世界にはそういう人種も必要なんだと思っている。
 この国の警察官なんて、殆どそんなもんだ。中にはヤクザとお友達。という輩も少なくない。そのヤクザのおかげ(?)もあって、この街はそれでも一般人が住める程度の治安を保っている。

 まあ、懲戒免職になったらなったで、どうにかなるでしょ。

 というのが正直なところだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です

処理中です...