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その日は、春だというのにとても寒い日だった。
数日前の大雨でパニックになった街も、落ち着きを取り戻し、またいつも通りの日常が戻ってきた。しかし、今度は妙に冷え込んで、しまったはずのコートを引っ張り出す羽目になっていた。
明日の天気予報も、季節外れの低温注意報。その天気予報にユキはため息をついた。ふと見ると、横で兄もため息をついている。自分よりよほど寒がりな兄のことだ、明日はまた朝起こすのに苦労することだろう。主にスイが。だが。
「マジか……明日、クライアントと打ち合わせあんのに」
心底嫌そうな顔を作ってアキが言う。明日は確か、表の仕事。警護の依頼の打ち合わせだったはずだ。何組かの『ハウンド』にお声が掛かっているので、相手先の事務所に出向かなければならない。この手の交渉やブリーフィングは全てアキの仕事になっている。表の依頼はライセンスが必要だから、アキが行くしかなかった。
「何時からだっけ?」
その横顔に問いかける。逆算して起こさないと。と、ユキは思う。中途半端に起こして出かけさせると、契約が危うい。アキの寝起きの悪さは殆ど災害レベルだ。
それでも、スイが一緒に暮らすようになって、かなりましになったのだが。自分が一人で起こしていた頃は、それが原因で頻繁に喧嘩していたほどだ。まあ、スイ相手には殆ど怒ることもできないので、最近はアキを起こすのはすっかりスイの仕事になっていた。
「9時。早すぎね?」
世間様では早くないのだろうが、アキには早朝らしい。
盛大にため息をつく兄にユキは苦笑した。
「それにしても、スイさん遅いな。4時には帰ってくるって言ってたのに……」
リビングの時計を見ながら、アキが言った。時刻は5時過ぎ。
兄はスイのことになると、途端に心配性になる。深夜帯でもあるまいし、スイは大人なんだから、1時間遅れたくらいでそんなに心配することもないとユキは思う。大体、いくらスイが華奢な作りをしているからって、あれだけ腕がたつんだから、めったなことなんてあるはずがない。
だけど、それでも、兄にとっては心配なのだ。
「駅まで迎えに行くかな……」
仕事なら『寒いからパス』で片付けるくせに、スイのことになると、寒さすらどうでもいいらしい。
まあ、そう言う自分も、心配というよりは、早くスイの顔が見たいから、迎えに行こうかとは思う。
そんなことを考えていると、エントランスの鍵が開いて、ドアが開く音が聞こえてきた。
「あ。帰ってきたかな?」
ドアチェーンを掛けて、歩いてくる音が聞こえる。スイだ。アキにも、ユキにもすぐにそれが分かった。
「……ただい……ま」
リビングのドアが開く。
でも、ドアの向こうに見えた顔は、いつもの『ただいま』の笑顔ではなかった。少し俯き加減で、表情がかたい。
「すぐ、着替えて飯つくるから……」
そう言って、リビングの中に入ってきたスイは、今朝着ていったはずの春コートを着ていなかった。外は、そこそこ寒いはずなのに、腕にコートをかけて持っている。
「スイさん? どした? なにかあった?」
心配そうにアキが問いかける。ユキも心配になって、近寄ろうとすると、びくりと身体を強張らせて、スイは部屋に入ってしまった。
数日前の大雨でパニックになった街も、落ち着きを取り戻し、またいつも通りの日常が戻ってきた。しかし、今度は妙に冷え込んで、しまったはずのコートを引っ張り出す羽目になっていた。
明日の天気予報も、季節外れの低温注意報。その天気予報にユキはため息をついた。ふと見ると、横で兄もため息をついている。自分よりよほど寒がりな兄のことだ、明日はまた朝起こすのに苦労することだろう。主にスイが。だが。
「マジか……明日、クライアントと打ち合わせあんのに」
心底嫌そうな顔を作ってアキが言う。明日は確か、表の仕事。警護の依頼の打ち合わせだったはずだ。何組かの『ハウンド』にお声が掛かっているので、相手先の事務所に出向かなければならない。この手の交渉やブリーフィングは全てアキの仕事になっている。表の依頼はライセンスが必要だから、アキが行くしかなかった。
「何時からだっけ?」
その横顔に問いかける。逆算して起こさないと。と、ユキは思う。中途半端に起こして出かけさせると、契約が危うい。アキの寝起きの悪さは殆ど災害レベルだ。
それでも、スイが一緒に暮らすようになって、かなりましになったのだが。自分が一人で起こしていた頃は、それが原因で頻繁に喧嘩していたほどだ。まあ、スイ相手には殆ど怒ることもできないので、最近はアキを起こすのはすっかりスイの仕事になっていた。
「9時。早すぎね?」
世間様では早くないのだろうが、アキには早朝らしい。
盛大にため息をつく兄にユキは苦笑した。
「それにしても、スイさん遅いな。4時には帰ってくるって言ってたのに……」
リビングの時計を見ながら、アキが言った。時刻は5時過ぎ。
兄はスイのことになると、途端に心配性になる。深夜帯でもあるまいし、スイは大人なんだから、1時間遅れたくらいでそんなに心配することもないとユキは思う。大体、いくらスイが華奢な作りをしているからって、あれだけ腕がたつんだから、めったなことなんてあるはずがない。
だけど、それでも、兄にとっては心配なのだ。
「駅まで迎えに行くかな……」
仕事なら『寒いからパス』で片付けるくせに、スイのことになると、寒さすらどうでもいいらしい。
まあ、そう言う自分も、心配というよりは、早くスイの顔が見たいから、迎えに行こうかとは思う。
そんなことを考えていると、エントランスの鍵が開いて、ドアが開く音が聞こえてきた。
「あ。帰ってきたかな?」
ドアチェーンを掛けて、歩いてくる音が聞こえる。スイだ。アキにも、ユキにもすぐにそれが分かった。
「……ただい……ま」
リビングのドアが開く。
でも、ドアの向こうに見えた顔は、いつもの『ただいま』の笑顔ではなかった。少し俯き加減で、表情がかたい。
「すぐ、着替えて飯つくるから……」
そう言って、リビングの中に入ってきたスイは、今朝着ていったはずの春コートを着ていなかった。外は、そこそこ寒いはずなのに、腕にコートをかけて持っている。
「スイさん? どした? なにかあった?」
心配そうにアキが問いかける。ユキも心配になって、近寄ろうとすると、びくりと身体を強張らせて、スイは部屋に入ってしまった。
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