遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
172 / 414
L's rule. Side Hisui.

断ち切りたいのは過去という鎖です 3

しおりを挟む
「……順を追って話すから……長くなると思うけど……。
 俺さ。子供のころから……変なガキで。3歳くらいから、物理学書読んだり、PC言語マスターしたり、数学の証明問題をやったりしてたらしい。自分では、覚えてないけど。
 あとで聞いたんだけど、IQ220以上なんだって。
 母親は俺のこと気持ち悪い子だっていつも言ってた。本人の前でだよ? 親父はすごく厳しい人で、武道とかやらされて、そのくせ、俺の目を見て話をすることもできないような弱い人だった」

 その頃のことは、覚えてはいるけれど、本当に自分のことではないように感じている。遠すぎて自分の記憶だという実感がない。
 最初は両親も普通だった。“翡翠”と、美しい名前を付けてくれた人たちが、最初から自分のことを疎んでいたとは思いたくない。けれど、あまりに“普通”とかけ離れてしまった自分に、たぶん、疲れてしまったのだと思う。

「7歳の時に捨てられるみたいに施設に入れられて、なんていうか。あんまり人道的じゃない感じの施設で。実験動物みたいに扱われてた。その頃のことはあまり記憶にはない。ただ。毎日泣いてた気がする。でも、両親は迎えに来てくれることはなかったよ。
 たしか、12歳の時だったと思うんだけど、ある人がそこから俺を助けてくれたんだ」

 施設にいた頃のことは本当に殆ど夢の中の出来事のようだ。実際に向精神系の殆ど麻薬に近い薬物を投与されていたらしく、非人道的な仕打ちにも逆らうことはなかった。仮に薬がなかったとしても、生きるためにそこにいるしかないことも、自分は捨てられて独りになったのだということも理解できてしまっていたから、逆らえなかっただろう。
 その人が現れるまでは。

「その人が、古家泰斗(ふるえたいと)って人で。菱川の橘会の人で。多分、別に俺のこと助けに来たわけじゃないんだけど……。きっと、アカデミーの情報とか、研究者とか。そいうの目当てだったんだと思う。俺、親にも捨てられたようなもんだし」

 その人は、優しかった。
 ただの気まぐれだったのかもしれない。でも、自分にとっては、殆ど初めて優しくしてくれた大人だった。

「でも、それから、10年以上。その人が親代わりになって、俺のこと育ててくれた。そのことには感謝してる。その人はいろんなものを俺にくれたし。人のぬくもりとか、幸せって言葉がこの世にあるってこととか、ナイフとか銃器の扱いとかも、古家に習った」

 その人の顔を思い出して、スイは肩を震わせた。
 出会った頃のその人は不器用でも優しくて、心配してくれたり、怒ってくれたり、我儘を聞いてくれたり、身体を壊せば看病してくれたり。スイが体験したことのがなかった、そして手に入れることを諦めていた”家族”の温もりそのものだった。
 それなのに、今、思い出せるのは昏く薄く笑う空洞のような笑い顔だけだった。

「その人のこと父親とか、兄とか、俺はそんな風に思ってたんだ。そうじゃなかったら、先生かな。でも、あの人にとっては違ってた。
 俺はそのころ、PCのスキルが認められて、橘の中でもそこそこな仕事をするようなってて。でも、そこを狙って、引き抜きをかけてきたヤツがいた。……これは、後でわかったことなんだけど、それが当時俺が付き合ってたっていうか……そんな感じになっている子だった」

 その子のことを好きだったのかと問われると、よくわからない。恋愛とは違っていたように、今となっては思う。いつも、そばにいてくれて、優しくしてくれる年上の女性。そんな人、初めてだったから、大切だったことは間違いない。
 もしかしたら、早くに自分を捨てた、母のかわりのように思っていたのかもしれない。

「その子。古家の父親違いの妹で。古家の家に転がり込んでてさ。ま。ようは色仕掛け……てことかな。でも、俺は全く古家を裏切るつもりなんてなかった。ただ、一人前と認められたいって気持ちが強くて、そのころ、古家の家を出て行こうとしてたんだ。
 なんでだったんだろうな……リサと付き合うって言ったときだって、タイトさんは何も言わなかったのに……俺が家を出る話をした頃から、何かが変わった」

 あれは。あの生活や温もりは、何だったんだろう。そして、あの日何故、あんなことになってしまったんだろう。
 今でも思う。
 古家は自分に何を望んで、どうして、一緒にいたのか。それを、どうして突然自らの手で壊してしまったのか。数学の正面問題よりも難解で、いくら考えてもスイには答えが出せなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...