遠くて近い世界で

司書Y

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L's rule. Side Hisui.

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 自分自身で、行為の準備をするのは、初めてだった。スイ自身が望んで、それをすることも、初めてだった。
 うまくできたかなんて、よくわからない。ただ、一人でするそれは、なんだか酷く滑稽に思えて、乾いた笑いが漏れた。やっぱり、アキが手伝おうかと言ったのを断らなければよかったのかな。と、思った。でも、それも恥ずかしすぎて無理だと思う。

 自分でできることはとりあえず終えて、頭からシャワーをかぶりながら、ため息をつく。
 今日は、頭の中がいっぱいいっぱいで、痛い過去のことをあまり思い出さずに済んだ。思い出してしまったら、きっと、また夕食を全部戻していたことだろうと思う。
 そうならなくてよかった。それに気付かれてしまったら、きっとアキは心配して、自分を抱くことを躊躇うと思う。
 それが、嫌だった。

 今日がいい。今日でなければ嫌だ。

 そう思う自分がいる。
 今日でなくても、近い将来、その日は来ると思う。でも、もう、アキに抱いてほしいと思う自分の気持ちも、限界に近かった。
 いつのまにか、スイは自分自身からアキに抱いてほしいと思っていることにも、気付いていた。抱きたいのではなくて、彼を受け入れることを望んでいるのだと、今は分かる。それに驚きもなかった。それでいいのだと腑に落ちた気がした。
 そう思ったら、鼓動が速くなった。
 女性のように、受け入れる場所があるわけでもないのに、下腹部の奥の方がきゅ。と、切なくなるのを感じる。

 これは何なんだろう。

 スイは思う。
 きっと、これが“愛してる”ってことだ。
 その人が愛しているといってくれるなら、ずっと嫌いだった自分のことも少しはましだと思える。

「……アキ……くん」

 なんだか、今、すごく顔が見たい。
 声が聞きたい。
 頬に触れてほしい。
 キスしたい。
 抱き締めてほしい。
 名前を呼んでほしい。
 そうしないと、まるで夢のようにアキが消えてしまうような気がして、すごく、切なくなって、スイは急いでバスルームを出た。服を着るのすらもどかしい。濡れた髪を拭く時間も惜しくて、タオルを頭にかけたまま、リビングに戻る。

「……アキ君?」

 ソファに座って、アキは何か考え事をしているようだった。
 その横顔に、ほっとする。
 それから、もう会えないんじゃないかなんて、焦って出てきてしまったことがなんだか恥ずかしくなった。

「またせたかな?」

 だから、タオルで顔を隠して、アキの隣に座る。少しだけ触れた肩。
 ちゃんと、触れられたことが嬉しい。

「スイさん」

 アキは名前を呼んでくれた。それから、肩を抱いて引き寄せてくれた。
 鼓動があんまり早くて、少し怖い。

「あ……」

 アキの手が頭にかけていたタオルを取る。そのアキの表情に、背中にぞくり。と、はじめて感じる何かが、這い上がるのを感じる。見たことがないような、夜の雰囲気を纏った赤い瞳。ゆっくりと、その瞼が閉じて、口づけられた。

「アキ……くん」

 もっと、ほしくて、瞳を閉じる。その瞼に口づけの感触。唇にもアキがキスをくれる。最初は啄ばむように。それから、舌先で唇を擽られ、思わず漏らしたため息の隙間から、熱い舌が侵入してきた。

「……ん。ん。……は」

 少し、息苦しい。鼻から、吐息が漏れる。硬く閉じた歯列を舌で擽られ、おずおずとそれが開くと、なれない優しくて、深いキスに戸惑う咥内を時間をかけて思うさま愛撫された。
 何も考えられない。
 頭の芯が痺れて、アキのことしか考えられなくなってくる。

「んむ……んん」

 ただ、アキの服を握りしめて、されるままになることしかできない。かき回されているのは咥内なのに、まるで頭の中まで犯されているようで、頭も、身体も熱を帯びて来る。
 ぴちゃ。と、不意に聞こえた音に堪らなく恥ずかしくなって、多分、真っ赤になっていたと思う。

「……は。ん」

 アキの唇が離れると、ため息のような声が漏れてしまった。それが、また堪らなく恥ずかしい。
 ほんの数時間前まで、三人で笑いあっていた場所だと思うと、余計に恥ずかしくなって、スイは懇願するようにアキの顔を見つめた。

「……アキ……く……。あの……ここじゃ……」

 震える声でスイが言う。きっと、これ以上してしまったら、明日はここで平気な顔ができない。

「どこがいい? スイさんの部屋? それも、俺の部屋がいい?」

 耳元にアキの声。いつもより、ずっと甘い。しかも、意地悪だ。多分、スイの言いたいことは分かっているのに、わざと言っているのだ。
 スイは思う。

「……アキ君の部屋……やだ」

 もう、それも言葉を吐くのも、堪らなく恥ずかしい。もし、こんな声をユキに聞かれてしまったら、立ち直れそうにない。顔を真っ赤にして、アキの胸に顔を埋めると、不意に宙に浮く感覚。

「……あ。アキ君……重いだろ?」

 いわゆるお姫様だっこで、スイは、アキに抱きあげられていた。

「ばかにしないでよ? これでも、鍛えてるんだけど」

 それから、そのままスイの部屋に移動する。その首に手を回していいのか、迷ってやめる。本当は抱きつきたかったけれど、それは、さすがに女の子みたいで恥ずかしかった。
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