遠くて近い世界で

司書Y

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L's rule. Side Hisui.

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 あなたを抱きたい。

 と、アキに言われた時の気持ちは、正直複雑だった。
 それは、決して嫌だったからではない。受け入れる側になることも、アキ相手になら、嫌だとは思わなかった。
 もちろん、スイも男なのだし、抵抗が全くないわけではないけれど、体格的にも、体力的にも、経験的にも、自分が彼を喜ばせることができる気がしなかった。そもそも、“抱きたい”と言ったアキの顔がすごく綺麗で、艶っぽくて、嫌だなんて言葉は思いつきもしなかった。
 心の底から好きだと思った人に喜んでもらえるなら、自分の身体くらいは差し出してもいいと思った。
 自分が“二人”を選んだことで、アキにもユキにも沢山辛い思いをさせていると思う。だから、せめて、自分のあげられるものは全部二人にあげたい。
 もちろん、スイ自身も自分の欲求を押し殺しているというわけではない。ただ、二人が幸せそうにしているのをみるだけでも、スイは幸せだと思えた。だから、抱く側になるのか抱かれる側になるのかなんて、スイにとっては些末なことだった。

 ではなぜ、複雑だと思ったのか。
 それは、アキにまだ言えていない過去のうちの一つを知られてしまうのが怖いからだ。知られないで済むなら、一生知られたくない。アキは、ユキも。知りたいといい、いつかは話せるようになりたいと言ったけれど、全て曝け出すのにはまだ、覚悟が足りなかった。
 それを知っても、きっとアキは自分を軽蔑したりはしない。それは分かっている。もしかしたら、先日の件でユキはともかく、アキはうすうす何があったのか察しているかもしれない。でも、知られたくはない。大好きな人に知られるには、スイの過去は残酷すぎた。

 夕食後の時間。ソファに座って、膝の上のユキの髪を撫でながら、スイは考え込んでいた。外からは雨音が聞こえている。静かで、穏やかな夜だ。
 こんな幸福な時間が訪れるなんて、ほんの数か月前には思いもよらなかった。ずっと、独りで生きてきて、いつか独りで死ぬのだと思っていた。それでも、あの呪いに追いつかれずに死ねるなら、まだいい。怖いのは呪いに捕まってしまうこと。次に捕まったら二度と逃げられない。そんな恐怖に支配されていた。二人に出会うまで。
 今でも、あの男が怖い。思い出すだけで身体が強張る。
 それでも、守ると言ってくれた二人のことは信じられるし、それがスイに勇気をくれる。スイを守ると言ってくれた二人のためなら、スイもスイのやり方で戦える。その決意が穏やかな時間をくれた。

 膝の上に載せたユキの黒髪。ユキの髪は見た目に反して意外に柔らかい。その感触がスイは好きだった。気持ちよさそうに目を閉じてされるがままになっている姿は、本当に大型犬のようだと思う。ユキが本当は従順な犬ではなく、狼だと知っているけれど、それでも、スイは彼が可愛くてならかった。
 絶対に失いたくない。嫌われたくない。大事にしたい。だからこそ、過去を知られるのは怖い。物理的に守ること以上に、二人がスイに向けてくれる恋心を守ることは難しいことだった。
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