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L's rule. Side Akiha.
過去を過去にするためにできること 2
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「その日は俺の誕生日の前日で、タイトさんは俺を“明日はリサと過ごすんだろうから、今日食事にでも行こう”って呼び出して……その間にリサが殺された。家の異常に気付いて帰った俺も撃たれて、意識が戻ったのは何週間も後だった。その時は、タイトさんがリサを殺したなんてとても思ってなかったよ。仲がいい兄妹だって、思ってた」
仲がいい兄弟。そのフレーズが心に引っかかる。けれど、アキは口を挟まずにスイの独白を聞いていた。
「でも、意識が戻ってから、家の監視カメラの画像が改竄されていることに気付いた。PCってさ。データを完全に消去するのってかなり面倒なんだよ。だから、そのデータを見るのは俺には簡単だった。
事実に気付いた俺を……」
そこまで言って、スイがアキの手を握りしめる。可哀そうになるくらいにその肩が震えているのが分かった。
「スイさん。辛いなら……も」
ぎゅっとその肩を抱く手に力を込める。スイの態度を見ていれば、その後何があったのか、大体の想像がつく。これ以上言わせる必要はないと思う。残酷で苦しいだけの思い出なら、逃げてもいいと思う。
「だめだよ。ちゃんと……言わないと。多分終わらない」
首を横に振って、スイが答える。
「……俺は、それから2カ月近く、そのまま病院で監禁されてた。逃げられないように、血液をギリギリまで抜かれて。動けないようにされて……その間……タイトさんに好きなようにされてた。だから、未だに病院が怖い……」
まるで、感情のなくなったような顔で、スイが言う。
懺悔のようだ。
アキは思う。
スイは何一つ悪くないのに、何故。と、憤り。懺悔すべきは古家という男だ。
「スイさん」
それ以上傷ついてほしくなくて、アキはスイの肩を掴んだ。
「……変な薬使われて……嫌なのに、身体だけ拓かれて……その度に吐いたけど……点滴で生かされてさ。
信じられるか……? それでもあの人は“あいしてる”って言うんだ……泣きながら何度“やめて”って懇願しても、まるで聞こえてないみたいに……っ」
けれど、スイはそのアキが見えないように続けた。瞳から光が消えて、ここではない遠くを見ているようだった。人混みの中に誰かを探すときの顔だ。
「スイさん。もういいから」
肩を揺さぶっても、スイはアキを見ようとしなかった。今、彼はきっと、過去のその場所にいる。
「あの人の足音がこわくて……その音が聞こえると、自分が自分でないみたいになって……嫌なのに……気持ち悪いのに……感じて……」
目から大粒の涙を零しながら、それでも続けるスイ。スイが遠くに行ってしまったようで、怖くなって、もう一度名前を呼んでも悪夢はスイを離してはくれなかった。
「やめろ!」
思わず声を荒げると、はっとしたように、スイの翠の瞳が揺らいだ。そして、アキの切なそうな顔を認めると、くしゃっと顔を歪ませてそのまま声もあげず泣き出してしまった。
「も、わかったから。もういい。そんなふうに俺の大切な人を傷つけないでくれよ」
その細い身体を。アキは抱き締めることしかできなかった。
やはり、言わせるべきではなかったと後悔する。
もちろん、スイが話したことを聞いた後でも、スイへの気持ちが変わらない。過去なんて思い出せなくなるくらいに優しくして、甘やかして、愛してあげたいと再確認しただけだ。
ただ、心の中に酷く暗く重く鋭い感情が生まれた。この大切な人をそこまで傷つけた男を殺してやりたいとすら思う。
「ごめん……だから……今も……怖いんだ。触れられること……。
でも、初めて本当に……好きになったアキ君……なら、きっと大丈夫だって、思った。……ごめん。俺、こんなんで、ごめん。過去をなかったことにしたくて……君を傷つけた」
スイの言葉に切ないような、腹立たしいような気持ちになった。一番傷ついているのはスイなのに甘えることすら知らないこと、その人が安心して甘えられる自分になれないことが切ない。その人をそんなふうにしてしまった過去に、他人のことを心配して自分自身の辛さを蔑ろにすることに腹が立つ。
それでも、そのすべてを愛おしいと思う。
「……でも。俺、いつまでも、こんなことに……囚われていたくない……。だから。アキ君。お願いがあるんだ」
仲がいい兄弟。そのフレーズが心に引っかかる。けれど、アキは口を挟まずにスイの独白を聞いていた。
「でも、意識が戻ってから、家の監視カメラの画像が改竄されていることに気付いた。PCってさ。データを完全に消去するのってかなり面倒なんだよ。だから、そのデータを見るのは俺には簡単だった。
事実に気付いた俺を……」
そこまで言って、スイがアキの手を握りしめる。可哀そうになるくらいにその肩が震えているのが分かった。
「スイさん。辛いなら……も」
ぎゅっとその肩を抱く手に力を込める。スイの態度を見ていれば、その後何があったのか、大体の想像がつく。これ以上言わせる必要はないと思う。残酷で苦しいだけの思い出なら、逃げてもいいと思う。
「だめだよ。ちゃんと……言わないと。多分終わらない」
首を横に振って、スイが答える。
「……俺は、それから2カ月近く、そのまま病院で監禁されてた。逃げられないように、血液をギリギリまで抜かれて。動けないようにされて……その間……タイトさんに好きなようにされてた。だから、未だに病院が怖い……」
まるで、感情のなくなったような顔で、スイが言う。
懺悔のようだ。
アキは思う。
スイは何一つ悪くないのに、何故。と、憤り。懺悔すべきは古家という男だ。
「スイさん」
それ以上傷ついてほしくなくて、アキはスイの肩を掴んだ。
「……変な薬使われて……嫌なのに、身体だけ拓かれて……その度に吐いたけど……点滴で生かされてさ。
信じられるか……? それでもあの人は“あいしてる”って言うんだ……泣きながら何度“やめて”って懇願しても、まるで聞こえてないみたいに……っ」
けれど、スイはそのアキが見えないように続けた。瞳から光が消えて、ここではない遠くを見ているようだった。人混みの中に誰かを探すときの顔だ。
「スイさん。もういいから」
肩を揺さぶっても、スイはアキを見ようとしなかった。今、彼はきっと、過去のその場所にいる。
「あの人の足音がこわくて……その音が聞こえると、自分が自分でないみたいになって……嫌なのに……気持ち悪いのに……感じて……」
目から大粒の涙を零しながら、それでも続けるスイ。スイが遠くに行ってしまったようで、怖くなって、もう一度名前を呼んでも悪夢はスイを離してはくれなかった。
「やめろ!」
思わず声を荒げると、はっとしたように、スイの翠の瞳が揺らいだ。そして、アキの切なそうな顔を認めると、くしゃっと顔を歪ませてそのまま声もあげず泣き出してしまった。
「も、わかったから。もういい。そんなふうに俺の大切な人を傷つけないでくれよ」
その細い身体を。アキは抱き締めることしかできなかった。
やはり、言わせるべきではなかったと後悔する。
もちろん、スイが話したことを聞いた後でも、スイへの気持ちが変わらない。過去なんて思い出せなくなるくらいに優しくして、甘やかして、愛してあげたいと再確認しただけだ。
ただ、心の中に酷く暗く重く鋭い感情が生まれた。この大切な人をそこまで傷つけた男を殺してやりたいとすら思う。
「ごめん……だから……今も……怖いんだ。触れられること……。
でも、初めて本当に……好きになったアキ君……なら、きっと大丈夫だって、思った。……ごめん。俺、こんなんで、ごめん。過去をなかったことにしたくて……君を傷つけた」
スイの言葉に切ないような、腹立たしいような気持ちになった。一番傷ついているのはスイなのに甘えることすら知らないこと、その人が安心して甘えられる自分になれないことが切ない。その人をそんなふうにしてしまった過去に、他人のことを心配して自分自身の辛さを蔑ろにすることに腹が立つ。
それでも、そのすべてを愛おしいと思う。
「……でも。俺、いつまでも、こんなことに……囚われていたくない……。だから。アキ君。お願いがあるんだ」
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