遠くて近い世界で

司書Y

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L's rule. Side Akiha.

過去を過去にするためにできること 1

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 アキの肩に頭を預けて、スイは話し始めた。ところどころ、しゃくりあげる声が混ざるけれど、声は落ち着いていた。

「……順を追って話すから……長くなると思うけど……。
 俺さ。子供のころから……変なガキで。3歳くらいから、物理学書読んだり、PC言語マスターしたり、数学の証明問題をやったりしてたらしい。自分では、覚えてないけど。
 あとで聞いたんだけど、IQ220以上なんだって。
 母親は俺のこと気持ち悪い子だっていつも言ってた。本人の前でだよ? 親父はすごく厳しい人で、武道とかやらされて、そのくせ、俺の目を見て話をすることもできないような弱い人だった」

 スイが話す自分自身の過去はまるで他人事を話しているように聞こえた。その気持ちはなんとなくわかる。多分、自分も自分の過去を話すことになったら、そうなってしまうと思う。
 自分の身にあったことだと思いたくない。自分が愛されなかったことを哀れに思われたくない。愛されたいのに愛されなかったのだと思いたくない。あんな親の愛なんてほしいと思わない。そんな気持ちがごちゃ混ぜになって、苦しいから押し込めて蓋をする。
 だから、他人事だと思わないと話すこともできない。
 スイも家族に恵まれていなかったこと。なんとなく感じていた親近感のようなものはそれも一因だったのかもしれない。

「7歳の時に捨てられるみたいに施設に入れられて、なんていうか。あんまり人道的じゃない感じの施設で。実験動物みたいに扱われてた。その頃のことはあまり記憶にはない。ただ。毎日泣いてた気がする。でも、両親は迎えに来てくれることはなかったよ。
 たしか、12歳の時だったと思うんだけど、ある人がそこから俺を助けてくれたんだ」

 “実験動物”という言葉に心が痛む。いや、怒りを覚える。同じ様な目に会っていたユキの顔が浮かんだ。再会した時に心を失っていたユキの顔。スイもそんな顔をしていたのかと思うと、やりきれない。

「その人が、古家泰斗(ふるえたいと)って人で。菱川の橘会の人で。多分、別に俺のこと助けに来たわけじゃないんだけど……。きっと、アカデミーの情報とか、研究者とか。そいうの目当てだったんだと思う。俺、親にも捨てられたようなもんだし。
 でも、それから、10年以上。その人が親代わりになって、俺のこと育ててくれた。そのことには感謝してる。その人はいろんなものを俺にくれたし。人のぬくもりとか、幸せって言葉がこの世にあるってこととか、ナイフとか銃器の扱いとかも、古家に習った」

 古家泰斗。その男のことを話し始めてから、スイの様子が変わった。押さえつけようとしているけれど、手が震えている。痛々しくて、その手を握ると、スイの目がアキの方を向いて、力なく笑った。

「その人のこと父親とか、兄とか、俺はそんな風に思ってたんだ。そうじゃなかったら、先生かな。でも、あの人にとっては違ってた。
 俺はそのころ、PCのスキルが認められて、橘の中でもそこそこな仕事をするようなってて。でも、そこを狙って、引き抜きをかけてきたヤツがいた。……これは、後でわかったことなんだけど、それが当時俺が付き合ってたっていうか……そんな感じになっている子だった」

 以前スイが言っていた。殺されてしまったという女性のことだろうか。多分そうだろう。

「その子。古家の父親違いの妹で。古家の家に転がり込んでてさ。ま。ようは色仕掛け……てことかな。でも、俺は全く古家を裏切るつもりなんてなかった。ただ、一人前と認められたいって気持ちが強くて、そのころ、古家の家を出て行こうとしてたんだ。
 なんでだったんだろうな……リサと付き合うって言ったときだって、タイトさんは何も言わなかったのに……俺が家を出る話をした頃から、何かが変わった」

 スイは気付いているんだろうか、いつの間にか古家のことを“タイト”と呼んでいること。
 その呼び方が何故かその人物との親密な関係を表しているようで、しかし、その男を最初は“古家”と呼んでいたことに違和感を覚えた。
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