遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
133 / 414
FiLwT

チロル 6

しおりを挟む
「……ためだ。そんなの……せっかく。決めたのに。甘えたく……なるだろ」

 全部諦めると決めていたはずだったのに、心が揺れる。このまま甘えてしまいたい。けれど、怖い。元々二人は危険な世界で生きている。それでも、笑って危険を乗り越える能力も精神力も経験値も人脈も持っている。きっと、本当にスイを守ってくれるだろう。だから、本当に怖いのは別のことだった。

「……逃げるのとか。本当に辛くて……。自由でいられないのとか、辛いって思われたら……思われてるのわかったら、息できなくなる。俺。君たちに嫌われたくない」

 随分と自分勝手なことを言っている自覚はある。でも、本音だった。
 嫌われるくらいなら、楽しい思い出だけ持って別れたい。自分を思い出すとき楽しかったと思ってほしい。
 望みはそれだけだった。

「バカだな……」

 呆れたようにため息をついてアキが言った。

「ほんっと。スイさん分かってない」

 両手をあげて、ユキも言う。

「バカで悪かったな。俺は……」

「大丈夫だよ。バカなところも、好きだから」

 いきなり、ぎゅ。と、ユキに抱きしめられた。

「ユキ……?」

 突然のことに思考が付いていけなくて、されるがままになってしまう。
 温かな体温。煙草と、男性用のフレグランスと、汗と、微かな血と硝煙の匂い。
 あんなに怖かった身体の接触も、ユキなら怖くない。それどころか、すごく安心する。いつまでも、こうしていたいと思ってしまう。

「……すき……? って」

 けれど、それ以上にユキの言葉がスイの抵抗も、思考もすべて奪ってしまった。

「好きだよ。スイさん」

 耳元を擽るユキの声。低くて男らしい声。
 夢を見ているんだろうか。
 スイは思う。そうでなければ、こんな幸福が自分に起こるはずがない。

「……そんな……わけない」

 ぼそり。と、呟いて、スイはユキの肩の向こうに見えるアキの顔を見た。アキに否定してもらわないと、都合のいい夢を信じてしまいたくなったからだ。
 目が合うと、アキはとても苦し気な顔をしていた。

「スイさん。ユキの気持ち、信じてやって。嘘じゃないって俺が保証するよ」

 アキの言葉にはっとしたようにユキがスイの身体を離す。それから、彼はアキを振り返った。

「……俺が弟思いのいい兄貴なら……ここで祝福してやれるんだけどな……やっぱ、無理っぽい。スイさんに何とも思われてないなら、友達ってポジションでもそばにいられれば良かった。けど、可能性があるなら。もっと、特別になりたい」

 スイに歩み寄ったアキの手がそっと、頬に触れる。雨の降る寒い夜なのにその指先が熱い。熱い、気がした。

「好きだよ。特別な意味で」

 その言葉が心に浸透するのには、随分と時間がかかった。
 息をするのも忘れて、目を逸らすこともできなくて、スイはその間ずっと、アキの綺麗な赤い瞳を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

しあわせのカタチ

葉月めいこ
BL
気ままで男前な年上彼氏とそんな彼を溺愛する年下ワンコのまったりのんびりな日常。 好き、愛してるじゃなくて「一緒にいる」それが二人のしあわせのカタチ。 ゆるりと甘いけれど時々ぴりりとスパイスも――。 二人の日常の切れ端をお楽しみください。 ※続編の予定はありますが次回更新まで完結をつけさせていただきます。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です

処理中です...