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FiLwT
チロル 6
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「……ためだ。そんなの……せっかく。決めたのに。甘えたく……なるだろ」
全部諦めると決めていたはずだったのに、心が揺れる。このまま甘えてしまいたい。けれど、怖い。元々二人は危険な世界で生きている。それでも、笑って危険を乗り越える能力も精神力も経験値も人脈も持っている。きっと、本当にスイを守ってくれるだろう。だから、本当に怖いのは別のことだった。
「……逃げるのとか。本当に辛くて……。自由でいられないのとか、辛いって思われたら……思われてるのわかったら、息できなくなる。俺。君たちに嫌われたくない」
随分と自分勝手なことを言っている自覚はある。でも、本音だった。
嫌われるくらいなら、楽しい思い出だけ持って別れたい。自分を思い出すとき楽しかったと思ってほしい。
望みはそれだけだった。
「バカだな……」
呆れたようにため息をついてアキが言った。
「ほんっと。スイさん分かってない」
両手をあげて、ユキも言う。
「バカで悪かったな。俺は……」
「大丈夫だよ。バカなところも、好きだから」
いきなり、ぎゅ。と、ユキに抱きしめられた。
「ユキ……?」
突然のことに思考が付いていけなくて、されるがままになってしまう。
温かな体温。煙草と、男性用のフレグランスと、汗と、微かな血と硝煙の匂い。
あんなに怖かった身体の接触も、ユキなら怖くない。それどころか、すごく安心する。いつまでも、こうしていたいと思ってしまう。
「……すき……? って」
けれど、それ以上にユキの言葉がスイの抵抗も、思考もすべて奪ってしまった。
「好きだよ。スイさん」
耳元を擽るユキの声。低くて男らしい声。
夢を見ているんだろうか。
スイは思う。そうでなければ、こんな幸福が自分に起こるはずがない。
「……そんな……わけない」
ぼそり。と、呟いて、スイはユキの肩の向こうに見えるアキの顔を見た。アキに否定してもらわないと、都合のいい夢を信じてしまいたくなったからだ。
目が合うと、アキはとても苦し気な顔をしていた。
「スイさん。ユキの気持ち、信じてやって。嘘じゃないって俺が保証するよ」
アキの言葉にはっとしたようにユキがスイの身体を離す。それから、彼はアキを振り返った。
「……俺が弟思いのいい兄貴なら……ここで祝福してやれるんだけどな……やっぱ、無理っぽい。スイさんに何とも思われてないなら、友達ってポジションでもそばにいられれば良かった。けど、可能性があるなら。もっと、特別になりたい」
スイに歩み寄ったアキの手がそっと、頬に触れる。雨の降る寒い夜なのにその指先が熱い。熱い、気がした。
「好きだよ。特別な意味で」
その言葉が心に浸透するのには、随分と時間がかかった。
息をするのも忘れて、目を逸らすこともできなくて、スイはその間ずっと、アキの綺麗な赤い瞳を見ていた。
全部諦めると決めていたはずだったのに、心が揺れる。このまま甘えてしまいたい。けれど、怖い。元々二人は危険な世界で生きている。それでも、笑って危険を乗り越える能力も精神力も経験値も人脈も持っている。きっと、本当にスイを守ってくれるだろう。だから、本当に怖いのは別のことだった。
「……逃げるのとか。本当に辛くて……。自由でいられないのとか、辛いって思われたら……思われてるのわかったら、息できなくなる。俺。君たちに嫌われたくない」
随分と自分勝手なことを言っている自覚はある。でも、本音だった。
嫌われるくらいなら、楽しい思い出だけ持って別れたい。自分を思い出すとき楽しかったと思ってほしい。
望みはそれだけだった。
「バカだな……」
呆れたようにため息をついてアキが言った。
「ほんっと。スイさん分かってない」
両手をあげて、ユキも言う。
「バカで悪かったな。俺は……」
「大丈夫だよ。バカなところも、好きだから」
いきなり、ぎゅ。と、ユキに抱きしめられた。
「ユキ……?」
突然のことに思考が付いていけなくて、されるがままになってしまう。
温かな体温。煙草と、男性用のフレグランスと、汗と、微かな血と硝煙の匂い。
あんなに怖かった身体の接触も、ユキなら怖くない。それどころか、すごく安心する。いつまでも、こうしていたいと思ってしまう。
「……すき……? って」
けれど、それ以上にユキの言葉がスイの抵抗も、思考もすべて奪ってしまった。
「好きだよ。スイさん」
耳元を擽るユキの声。低くて男らしい声。
夢を見ているんだろうか。
スイは思う。そうでなければ、こんな幸福が自分に起こるはずがない。
「……そんな……わけない」
ぼそり。と、呟いて、スイはユキの肩の向こうに見えるアキの顔を見た。アキに否定してもらわないと、都合のいい夢を信じてしまいたくなったからだ。
目が合うと、アキはとても苦し気な顔をしていた。
「スイさん。ユキの気持ち、信じてやって。嘘じゃないって俺が保証するよ」
アキの言葉にはっとしたようにユキがスイの身体を離す。それから、彼はアキを振り返った。
「……俺が弟思いのいい兄貴なら……ここで祝福してやれるんだけどな……やっぱ、無理っぽい。スイさんに何とも思われてないなら、友達ってポジションでもそばにいられれば良かった。けど、可能性があるなら。もっと、特別になりたい」
スイに歩み寄ったアキの手がそっと、頬に触れる。雨の降る寒い夜なのにその指先が熱い。熱い、気がした。
「好きだよ。特別な意味で」
その言葉が心に浸透するのには、随分と時間がかかった。
息をするのも忘れて、目を逸らすこともできなくて、スイはその間ずっと、アキの綺麗な赤い瞳を見ていた。
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