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FiLwT
別れが確定事項なら 4
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「スイさん」
おそらく、スイの声は聞こえていただろう。けれど、前を向いたままのアキに名前を呼ばれる。声はいつも通りの低くて優しい声だった。その声に安堵と同時に恐れ。知られたくないことが、聞かれたくないことが多すぎて、次の言葉が怖い。
「手当だけでもさせて」
アキの言葉に今度はユキが安堵の表情を浮かべた。おそらくは、ユキが言おうとして言い出せずにいたのはそのことなのだろう。
けれど、スイは首を横に振った。涙が零れてシートを汚す。
「どして? ユキはスイさんを傷つけたりしないよ?」
幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、穏やかな声でアキは言った。
ユキはスイが嫌がることをするはずがない。それは分かっているけれど、怖い。ユキまでも汚してしまいそうな自分が怖い。
「……きた……ない……から。うち。かえってからで……いい」
しゃくりあげているのに気付かれたくなくて、スイは切れ切れにようやくそれだけ答えた。答えたけれど、泣いているのに気付かれていないわけがないと思う。
スイの答えにアキは大きくため息をついた。
「スイさん。どうして、独りであんなところに行ったの?」
不意に、アキの声色が変わった。冷たいというわけではない。けれど、厳しい声。言葉。
「……そ……れは」
スイは口籠った。
ニコが暴走してしまったから、仕方なかったこととはいえ勝手な行動をとったのはスイだ。ユキが帰って来たときに仕事の話をしていれば、アキがスマートフォンに連絡をくれたときに手を貸してと言っていれば、こんなことにはならなかった。いや、それ以外でも二人に連絡を取る機会はいくらでもあった。
それをしなかったのはスイ自身の判断だ。
仕事に私情を持ち込んで、勝手に意識して、勝手に落ち込んで、勝手に逃げ出して、連絡もせずに独断で動いて、勝手に危険な目に逢って、二人の手を煩わせてしまった。
「……ごめ……」
「謝ってほしいわけじゃない。理由を話して」
アキの言葉にスイはびくり。と、身体を竦めた。
ユキが帰って来たときに離さなかったのは嫉妬を隠すため。アキのスマートフォンに出なかったのは、二人に恋をしている身の程知らずで恥ずかしい自分に気付いて細くなかったからだ。でも、そんなこと、言えるわけがない。
身体を強張らせたままでいると、ヴヴ。と、スマートフォンが鳴った。
「……いいよ。出て」
着信に救われたとは思えなかった。アキは許してくれたわけではない。作戦指揮を担うものとして当然の疑問だし、答えるのがスイの義務だろう。むしろ、散々迷惑をかけた上に何も話さずに納得しろという方が間違っている。
そんなことを考えながらスマートフォンを確認すると、相手はシロだった。
「……もしもし」
本当は、今、ここで電話に出るのは嫌だった。アキはシロと相性が悪い。これ以上アキの感情を逆なでしたくない。けれど、ニコの安否が気になった。放っておくことはできないと思う。だから、一呼吸おいてから、スイはスマートフォンをタップした。
「……シロ君。ニコに……あ。うん。……ありがと。助かった。……うん。俺は大丈夫。……また連絡するから。うん」
ニコはシロと合流できていた。彼女を安全な場所に移してからスイを助けに再びBIG Hに戻ったらしい。ただ、店の前まで来ると警察車両が大量に止まっていて、シロの立場上、中へ押してはいることはできなかった。中に残っていたスイを酷く心配してくれたけれど、彼は何も深くは聞いてこなかった。ありがたいと思うと同時に、申し訳なく思う。
けれど、そんな気持ちはすぐに霧散した。
おそらく、スイの声は聞こえていただろう。けれど、前を向いたままのアキに名前を呼ばれる。声はいつも通りの低くて優しい声だった。その声に安堵と同時に恐れ。知られたくないことが、聞かれたくないことが多すぎて、次の言葉が怖い。
「手当だけでもさせて」
アキの言葉に今度はユキが安堵の表情を浮かべた。おそらくは、ユキが言おうとして言い出せずにいたのはそのことなのだろう。
けれど、スイは首を横に振った。涙が零れてシートを汚す。
「どして? ユキはスイさんを傷つけたりしないよ?」
幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、穏やかな声でアキは言った。
ユキはスイが嫌がることをするはずがない。それは分かっているけれど、怖い。ユキまでも汚してしまいそうな自分が怖い。
「……きた……ない……から。うち。かえってからで……いい」
しゃくりあげているのに気付かれたくなくて、スイは切れ切れにようやくそれだけ答えた。答えたけれど、泣いているのに気付かれていないわけがないと思う。
スイの答えにアキは大きくため息をついた。
「スイさん。どうして、独りであんなところに行ったの?」
不意に、アキの声色が変わった。冷たいというわけではない。けれど、厳しい声。言葉。
「……そ……れは」
スイは口籠った。
ニコが暴走してしまったから、仕方なかったこととはいえ勝手な行動をとったのはスイだ。ユキが帰って来たときに仕事の話をしていれば、アキがスマートフォンに連絡をくれたときに手を貸してと言っていれば、こんなことにはならなかった。いや、それ以外でも二人に連絡を取る機会はいくらでもあった。
それをしなかったのはスイ自身の判断だ。
仕事に私情を持ち込んで、勝手に意識して、勝手に落ち込んで、勝手に逃げ出して、連絡もせずに独断で動いて、勝手に危険な目に逢って、二人の手を煩わせてしまった。
「……ごめ……」
「謝ってほしいわけじゃない。理由を話して」
アキの言葉にスイはびくり。と、身体を竦めた。
ユキが帰って来たときに離さなかったのは嫉妬を隠すため。アキのスマートフォンに出なかったのは、二人に恋をしている身の程知らずで恥ずかしい自分に気付いて細くなかったからだ。でも、そんなこと、言えるわけがない。
身体を強張らせたままでいると、ヴヴ。と、スマートフォンが鳴った。
「……いいよ。出て」
着信に救われたとは思えなかった。アキは許してくれたわけではない。作戦指揮を担うものとして当然の疑問だし、答えるのがスイの義務だろう。むしろ、散々迷惑をかけた上に何も話さずに納得しろという方が間違っている。
そんなことを考えながらスマートフォンを確認すると、相手はシロだった。
「……もしもし」
本当は、今、ここで電話に出るのは嫌だった。アキはシロと相性が悪い。これ以上アキの感情を逆なでしたくない。けれど、ニコの安否が気になった。放っておくことはできないと思う。だから、一呼吸おいてから、スイはスマートフォンをタップした。
「……シロ君。ニコに……あ。うん。……ありがと。助かった。……うん。俺は大丈夫。……また連絡するから。うん」
ニコはシロと合流できていた。彼女を安全な場所に移してからスイを助けに再びBIG Hに戻ったらしい。ただ、店の前まで来ると警察車両が大量に止まっていて、シロの立場上、中へ押してはいることはできなかった。中に残っていたスイを酷く心配してくれたけれど、彼は何も深くは聞いてこなかった。ありがたいと思うと同時に、申し訳なく思う。
けれど、そんな気持ちはすぐに霧散した。
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