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FiLwT
別れが確定事項なら 3
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◇車内:翡翠◇
カーステレオからは深夜ラジオが流れていた。妙にテンションの高いDJが曲名を告げると、静かなピアノのメロディに乗せた悲しい恋の歌が流れる。それは、別の人と恋に落ちる好きな人を隣で見つめる切ない女性の曲だった。
別にいいだろ。
口に出さずにスイは思う。
それでも、そばにいることはできるくせに。
車は三人の住むマンションに向かっている。運転するのはアキだ。助手席の後ろにユキ。スイはその隣に座って、太腿の上に力なく置いた自分の手をずっと見つめていた。
未だに震えが止まらない。
ニコを逃がした後、抵抗はしたのだが、数人がかりで押さえつけられた。相手を侮っていたわけではないし、自分の力を過信していたとは思わない。ただ、店内には想定したよりも『敵』の数が多かったしそ、そもそも一人で店内に潜入することは想定にはなかった。だから、策といっても、命を削って時間を稼ぐくらいしかできなかった。
その結果、結局、拘束されて無理矢理口をこじ開けられて、薬を飲まされた。体質的に薬が効きにくいから、薬が効いたぶりをして反撃の機会をうかがうつもりだったけれど、衣服を破られて身体に触れられたら無意識で相手の喉にナイフを突き立てていた。それからのことはよく覚えてはいない。アルコールが入っていたから、子供の玩具のようなドラッグでも意識が飛んだのだろう。と、思う。
だから、その間の記憶は殆どない。
けれど、震えは止まらない。
多分。夢を見ていた。
否。朦朧としてはいたけれど覚醒はしていたのだ。ただ、目の前に流れる映像はあの日々だった。
アキが貸してくれた上着の前をぎゅっ。と、握る。その指先も震える。
気持ちに反して身体を弄られる感触が肌に残って、吐き気がする。自分自身が酷く汚いものに思えて、壊してしまいたい衝動。それを抑えようと服の袖で触れられた首元を拭く。拭いた手元を見て、また吐き気がこみ上げてくる。袖が真っ赤に染まっていた。それから、それがアキの上着だと思い至ってアキまでも汚してしまったような気持ちになって、激しい罪悪感に瞳の端に涙が溜まった。
消えてしまいたい。
死ぬとか、逃げるとか、出ていくとか、そんなことでは足りない。
汚れた自分が恥ずかしくて、自分自身がなかったことになればいいと思う。
隣に座ったユキがスイと同じように太腿の上に置いた手を、何かを言いたげに動かす。そんな小さな動作にも、スイはびくり。と、過剰に反応を返した。そのわずかな身体の動きで瞳の端に溜まった涙が零れて手の甲に落ちる。
泣いているのは見られたくない。きっと、心配してくれる。でも、自分は二人が心配してくれるのに値する人間じゃない。
だから、スイは手の甲で涙を拭った。もう、アキの上着を汚したくないから、必死で拭うけれど、手が赤く染まるだけで涙は止まってくれない。
「……ど……し……て」
声に出すつもりなんてなかったけれど、歯がゆくて言葉が零れる。はっとしてスイは唇を噛んだ。
カーステレオからは深夜ラジオが流れていた。妙にテンションの高いDJが曲名を告げると、静かなピアノのメロディに乗せた悲しい恋の歌が流れる。それは、別の人と恋に落ちる好きな人を隣で見つめる切ない女性の曲だった。
別にいいだろ。
口に出さずにスイは思う。
それでも、そばにいることはできるくせに。
車は三人の住むマンションに向かっている。運転するのはアキだ。助手席の後ろにユキ。スイはその隣に座って、太腿の上に力なく置いた自分の手をずっと見つめていた。
未だに震えが止まらない。
ニコを逃がした後、抵抗はしたのだが、数人がかりで押さえつけられた。相手を侮っていたわけではないし、自分の力を過信していたとは思わない。ただ、店内には想定したよりも『敵』の数が多かったしそ、そもそも一人で店内に潜入することは想定にはなかった。だから、策といっても、命を削って時間を稼ぐくらいしかできなかった。
その結果、結局、拘束されて無理矢理口をこじ開けられて、薬を飲まされた。体質的に薬が効きにくいから、薬が効いたぶりをして反撃の機会をうかがうつもりだったけれど、衣服を破られて身体に触れられたら無意識で相手の喉にナイフを突き立てていた。それからのことはよく覚えてはいない。アルコールが入っていたから、子供の玩具のようなドラッグでも意識が飛んだのだろう。と、思う。
だから、その間の記憶は殆どない。
けれど、震えは止まらない。
多分。夢を見ていた。
否。朦朧としてはいたけれど覚醒はしていたのだ。ただ、目の前に流れる映像はあの日々だった。
アキが貸してくれた上着の前をぎゅっ。と、握る。その指先も震える。
気持ちに反して身体を弄られる感触が肌に残って、吐き気がする。自分自身が酷く汚いものに思えて、壊してしまいたい衝動。それを抑えようと服の袖で触れられた首元を拭く。拭いた手元を見て、また吐き気がこみ上げてくる。袖が真っ赤に染まっていた。それから、それがアキの上着だと思い至ってアキまでも汚してしまったような気持ちになって、激しい罪悪感に瞳の端に涙が溜まった。
消えてしまいたい。
死ぬとか、逃げるとか、出ていくとか、そんなことでは足りない。
汚れた自分が恥ずかしくて、自分自身がなかったことになればいいと思う。
隣に座ったユキがスイと同じように太腿の上に置いた手を、何かを言いたげに動かす。そんな小さな動作にも、スイはびくり。と、過剰に反応を返した。そのわずかな身体の動きで瞳の端に溜まった涙が零れて手の甲に落ちる。
泣いているのは見られたくない。きっと、心配してくれる。でも、自分は二人が心配してくれるのに値する人間じゃない。
だから、スイは手の甲で涙を拭った。もう、アキの上着を汚したくないから、必死で拭うけれど、手が赤く染まるだけで涙は止まってくれない。
「……ど……し……て」
声に出すつもりなんてなかったけれど、歯がゆくて言葉が零れる。はっとしてスイは唇を噛んだ。
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