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別れが確定事項なら 1
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◇店舗地下:冬生2◇
男たちが慌てふためいて逃げていくと、部屋は静かになった。遠くからクラブの方の音楽の低音だけが聞こえてくるけれど、うるさいというほどではない。
「……スイさん」
アキは視線を移して、小さくその名前を呼んだ。『殺してやる』などと言いながら、逃げ出す男たちに一瞥すらくれなかったのは、名を呼んだその人のことが心配だったからだろう。アキの声はさっき男たちにかけた声とは別人のようだ。スイを気遣う思いが籠っているのがユキにはわかる。
「スイさん。大丈夫?」
だから、ユキもできるだけ穏やかに声をかけた。
けれど、二人の声にスイは反応しなかった。放心したように床の一点に視線を向けたまま、ただはらはらと涙を零している。
胸が締め付けられるような姿だった。
その人の泣き顔なんて見たくない。どんな顔も好きだけれど、笑顔が一番魅力的な人だから。多分、兄も同じ気持ちだったとユキは思う。アキはスイの方に手をのばして、躊躇うようにその指先を彷徨わせる。
「帰ろう。スイさん」
けれど、意を決したようにアキはスイの手に触れた。掴んだりしたわけではない。ただ、優しくそっと触れただけだ。
それでも、その瞬間、スイは弾かれたように左手に持っていた刃の折れたナイフをアキに向けて振り上げた。いくらスイのナイフの腕がいいとはいえ、いくらスイ相手だから油断していたとはいえ、放心状態のスイの攻撃なんてアキが避けられないはずがないのだ。それなのに、寸分たがわずアキの赤い瞳を狙うナイフの切っ先を、アキは避けようとしなかった。そうしてほしいとでもいうように悲し気な顔でスイを見ていた。
「スイさん!」
だから、その手を止めたのはユキだ。
「ダメだ!」
スイの腕を掴んで引き寄せ、腕の中に収める。
「大丈夫。も、大丈夫だから。ちゃんと見て。アキだよ。ユキだよ」
アキとユキだと名前を告げると、僅かに身を捩ってその腕から逃れようとしたのち、その翡翠の色の瞳に色が戻る。小さな、聞こえないほど微かな声で、アキ? ユキ? と、呟きが聞こえて、ユキは心底ほっとした。兄は望んでいたかもしれない。それでもいいと思っていたかもしれない。けれど、ユキは思う。兄を傷つけてしまったら、スイは絶対にいなくなってしまうだろう。
「ユキ……君」
からん。
と、ナイフが足元に落ちた。強張っていた細い身体から力が抜ける。
「……どして……ここ」
スイが恐慌状態を脱したのだと理解して、ユキはその身体を自分の身体から離した。憔悴しているし、目の周りが酷く腫れてはいるけれど、ちゃんと表情があることを確認すると、ユキも詰めていた息を吐いた。
男たちが慌てふためいて逃げていくと、部屋は静かになった。遠くからクラブの方の音楽の低音だけが聞こえてくるけれど、うるさいというほどではない。
「……スイさん」
アキは視線を移して、小さくその名前を呼んだ。『殺してやる』などと言いながら、逃げ出す男たちに一瞥すらくれなかったのは、名を呼んだその人のことが心配だったからだろう。アキの声はさっき男たちにかけた声とは別人のようだ。スイを気遣う思いが籠っているのがユキにはわかる。
「スイさん。大丈夫?」
だから、ユキもできるだけ穏やかに声をかけた。
けれど、二人の声にスイは反応しなかった。放心したように床の一点に視線を向けたまま、ただはらはらと涙を零している。
胸が締め付けられるような姿だった。
その人の泣き顔なんて見たくない。どんな顔も好きだけれど、笑顔が一番魅力的な人だから。多分、兄も同じ気持ちだったとユキは思う。アキはスイの方に手をのばして、躊躇うようにその指先を彷徨わせる。
「帰ろう。スイさん」
けれど、意を決したようにアキはスイの手に触れた。掴んだりしたわけではない。ただ、優しくそっと触れただけだ。
それでも、その瞬間、スイは弾かれたように左手に持っていた刃の折れたナイフをアキに向けて振り上げた。いくらスイのナイフの腕がいいとはいえ、いくらスイ相手だから油断していたとはいえ、放心状態のスイの攻撃なんてアキが避けられないはずがないのだ。それなのに、寸分たがわずアキの赤い瞳を狙うナイフの切っ先を、アキは避けようとしなかった。そうしてほしいとでもいうように悲し気な顔でスイを見ていた。
「スイさん!」
だから、その手を止めたのはユキだ。
「ダメだ!」
スイの腕を掴んで引き寄せ、腕の中に収める。
「大丈夫。も、大丈夫だから。ちゃんと見て。アキだよ。ユキだよ」
アキとユキだと名前を告げると、僅かに身を捩ってその腕から逃れようとしたのち、その翡翠の色の瞳に色が戻る。小さな、聞こえないほど微かな声で、アキ? ユキ? と、呟きが聞こえて、ユキは心底ほっとした。兄は望んでいたかもしれない。それでもいいと思っていたかもしれない。けれど、ユキは思う。兄を傷つけてしまったら、スイは絶対にいなくなってしまうだろう。
「ユキ……君」
からん。
と、ナイフが足元に落ちた。強張っていた細い身体から力が抜ける。
「……どして……ここ」
スイが恐慌状態を脱したのだと理解して、ユキはその身体を自分の身体から離した。憔悴しているし、目の周りが酷く腫れてはいるけれど、ちゃんと表情があることを確認すると、ユキも詰めていた息を吐いた。
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