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FiLwT
激情 4
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◇BIG H裏口:秋生◇
教えられた通り、BIG Hの裏口はまるで隠されているようだった。そこにあるのだと気にしていなければ恐らく気付かなかっただろう。そもそも、この裏路地自体が表側からは入れないし、店の裏側からだと2m近い壁に囲まれた月極の駐車場の奥になっていて、駐車場の利用者以外は入ることもない場所だ。何かを隠すのにはちょうどいい。というよりも、隠すことを目的としての作りのように思える。
その裏口が見える場所にアキとユキはいた。
「ホントにこんなところにスイさんがいんの?」
ユキが問う。
問いに、アキは頷くだけで答えた。
その情報について、アキは疑っていない。
ユキと二人で話しているときにかかってきた電話の番号に見覚えはなかったから、初めは電話に出るつもりなかったのだ。けれど、コールが数回続いても切れる様子がない。だから、留守電になる直前でアキは電に出た。
相手はシムと名乗った。一度あったことがある相手だ。特徴のある関西弁に聞き覚えがある。スイの過去を調べていた時に訪れた『成都』というバーの店主でスイの過去を知っている殆ど一人きりの男だ。何故この番号を知っているかについては、疑問には思わなかった。彼もスイと同じ情報屋だ。アキは仕事とプライベートのスマートフォンを分けてはいないから、番号を知るくらいは朝飯前だろう。
「……なんでこんなところに……」
シムはスイがたった今まで川和志狼と成都にいたこと、今はBIG Hに向かっていること、裏口から入った場所にある地下室にいる可能性が高いことを手短に話した。
何故そんなことをわざわざ連絡してくるのか。という問いには、『恩を売っとこて思て』と、真偽の判断のつきかねる言葉が返ってくる。けれど、あれほど過去を忌避するスイがそのことを知っていると分かっていながら関係を絶たない男が、つまらない策謀のためにこんな電話をかけてくるとは思えなかった。
直後にかけたスイへの電話がコールしているにも関わらず繋がらないことも、アキの不安をあおる。もしかしたら、気まずいから出ないだけなのかもしれないと、普段なら思うかもしれない。しかし、今はどうしてもそう思えない。繰り返すコール音が酷く不吉な感じがして、居ても立ってもいられなかった。
もちろん、確証はない。ただの勘だ。
BIG Hは良い噂は聞かない。そんなところに、スイを一人でやるのは嫌だったし、ユキと二人でどうにもならないような案件でもない。行ってみて何もなければそれでいい。
そう思って家を出た。
「行くぞ」
ユキを促す。
本本当にこんなところにスイがいるのかと疑問に思っていながらも、ユキは素直に頷く。元々ユキは仕事のことでアキに意見することは殆どない。信頼を置いてくれているのは間違いないのだが、それ以上にことを難しく考えることが苦手なのだ。疑問を持たずに命を賭けられるように、育て上げられている。
当たり前のように先行しようとするアキを片手で制してユキは前に出た。
「いつも通り後ろにいて……先行するから」
この言葉も、先鋒を任せられないからではない。背中を任せていいという信頼と同時に、頭脳を失ったら手足が無事でも仕方がないと知っているからだ。
ユキが仕事のときの顔になる。
す。と、表情が消え、ぴり。と、抜身のナイフのような緊張感を全身に纏った姿は普段の弟からは想像がつかない。アキは思う。スイを悲しませたと泣きそうな顔で訴えてきた弟とは別人だ。けれど、スイの危険を前にしてユキはこんなふうに冷静なままでいられるのだろうか。
「兄貴?」
一歩踏み出すのを躊躇うアキにユキが問いかけてきた。
「行こう。スイさんが……」
潜入を前にして余計なことを考えてしまったと、自嘲してから、悪い。と、ユキに声をかけようとして、アキははっとした。表情は仕事の時のそれだ。だから、他人なら気付かないかもしれない。でも、気付いたのだ。ユキの指先が微かに震えていること。
それで、気付く。
アキが拉致されたときと同じくらいにユキが動揺しているのだということ。それでも、その時を教訓に冷静であろうと必死だということ。ユキにとってスイは、たった一人の肉親である自分と同じくらいに大切な人になっているのだということ。
そして、それに気付けないほど、自分も動揺していたこと。
俺が冷静さを欠いてどうする。
アキは心の中で自分を叱責した。
そして深呼吸を一つ。
「行こう」
ユキの背を叩くアキの顔はいつも通りのそれに変わっていた。
教えられた通り、BIG Hの裏口はまるで隠されているようだった。そこにあるのだと気にしていなければ恐らく気付かなかっただろう。そもそも、この裏路地自体が表側からは入れないし、店の裏側からだと2m近い壁に囲まれた月極の駐車場の奥になっていて、駐車場の利用者以外は入ることもない場所だ。何かを隠すのにはちょうどいい。というよりも、隠すことを目的としての作りのように思える。
その裏口が見える場所にアキとユキはいた。
「ホントにこんなところにスイさんがいんの?」
ユキが問う。
問いに、アキは頷くだけで答えた。
その情報について、アキは疑っていない。
ユキと二人で話しているときにかかってきた電話の番号に見覚えはなかったから、初めは電話に出るつもりなかったのだ。けれど、コールが数回続いても切れる様子がない。だから、留守電になる直前でアキは電に出た。
相手はシムと名乗った。一度あったことがある相手だ。特徴のある関西弁に聞き覚えがある。スイの過去を調べていた時に訪れた『成都』というバーの店主でスイの過去を知っている殆ど一人きりの男だ。何故この番号を知っているかについては、疑問には思わなかった。彼もスイと同じ情報屋だ。アキは仕事とプライベートのスマートフォンを分けてはいないから、番号を知るくらいは朝飯前だろう。
「……なんでこんなところに……」
シムはスイがたった今まで川和志狼と成都にいたこと、今はBIG Hに向かっていること、裏口から入った場所にある地下室にいる可能性が高いことを手短に話した。
何故そんなことをわざわざ連絡してくるのか。という問いには、『恩を売っとこて思て』と、真偽の判断のつきかねる言葉が返ってくる。けれど、あれほど過去を忌避するスイがそのことを知っていると分かっていながら関係を絶たない男が、つまらない策謀のためにこんな電話をかけてくるとは思えなかった。
直後にかけたスイへの電話がコールしているにも関わらず繋がらないことも、アキの不安をあおる。もしかしたら、気まずいから出ないだけなのかもしれないと、普段なら思うかもしれない。しかし、今はどうしてもそう思えない。繰り返すコール音が酷く不吉な感じがして、居ても立ってもいられなかった。
もちろん、確証はない。ただの勘だ。
BIG Hは良い噂は聞かない。そんなところに、スイを一人でやるのは嫌だったし、ユキと二人でどうにもならないような案件でもない。行ってみて何もなければそれでいい。
そう思って家を出た。
「行くぞ」
ユキを促す。
本本当にこんなところにスイがいるのかと疑問に思っていながらも、ユキは素直に頷く。元々ユキは仕事のことでアキに意見することは殆どない。信頼を置いてくれているのは間違いないのだが、それ以上にことを難しく考えることが苦手なのだ。疑問を持たずに命を賭けられるように、育て上げられている。
当たり前のように先行しようとするアキを片手で制してユキは前に出た。
「いつも通り後ろにいて……先行するから」
この言葉も、先鋒を任せられないからではない。背中を任せていいという信頼と同時に、頭脳を失ったら手足が無事でも仕方がないと知っているからだ。
ユキが仕事のときの顔になる。
す。と、表情が消え、ぴり。と、抜身のナイフのような緊張感を全身に纏った姿は普段の弟からは想像がつかない。アキは思う。スイを悲しませたと泣きそうな顔で訴えてきた弟とは別人だ。けれど、スイの危険を前にしてユキはこんなふうに冷静なままでいられるのだろうか。
「兄貴?」
一歩踏み出すのを躊躇うアキにユキが問いかけてきた。
「行こう。スイさんが……」
潜入を前にして余計なことを考えてしまったと、自嘲してから、悪い。と、ユキに声をかけようとして、アキははっとした。表情は仕事の時のそれだ。だから、他人なら気付かないかもしれない。でも、気付いたのだ。ユキの指先が微かに震えていること。
それで、気付く。
アキが拉致されたときと同じくらいにユキが動揺しているのだということ。それでも、その時を教訓に冷静であろうと必死だということ。ユキにとってスイは、たった一人の肉親である自分と同じくらいに大切な人になっているのだということ。
そして、それに気付けないほど、自分も動揺していたこと。
俺が冷静さを欠いてどうする。
アキは心の中で自分を叱責した。
そして深呼吸を一つ。
「行こう」
ユキの背を叩くアキの顔はいつも通りのそれに変わっていた。
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