遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

激情 3

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 呆けたように涎を垂らしながら宙を見つめる者。
 震えながら手を取り合い怯えたように身を寄せ合う子供たち。
 部屋の隅で膝を抱えて泣いている者。
 部屋のあちこちに落ちている淫具で自慰に耽るもの。
 何が見えているか、ずっと笑い続けている者。何かから逃げようとしている者。
 早くシテと、喚くもの。

 恐らく30歳までにはいかないあらゆる年齢の。女性が多くはあるが、男性も混ざっている。
 正気を保っているものは何かしらの拘束をされ、殆どは下着以外の衣服を身につけてはいない。
 正気を保っていないものは快楽を求めて見るに堪えないような行為や発言を繰り返す。

 そして、数人の客もそこにはいた。
 あるものは備え付けられたベッドの上で、あるものは革張りのソファの上で、あるものは床に引き倒して、焦点の合わない目で、もっと。と、繰り返す相手を組み敷いていた。そいつらはパーテーションが開いたことで、ちらり。と、こちらに視線を寄越すけれど、行為をやめることはなかった。

「……っ」

 不意に胃の奥から耐えがたい吐き気がせり上がって来て、スイは目を瞑った。それが、危険なことだとはわかっている。けれど、直視することができない。身体の底から湧き上がってくる震えも、感情ももう、押し戻すことができなくなっていた。

「あんたは天然ものの希少種だから特別室行き。顔も綺麗だしすぐに人気者になれるって」

 はっ。と、顔を上げると、すぐそばにまで井上が来ていた。昏い瞳がスイの顔を覗き込んでいる。
 しかも、ちん。と、音がしてエレベータが開く。中からは数人の男が下りてきた。おそらくは、階上でひと悶着あったために、増員されたのだろう。
 井上はそのうちの数人に何やら言っていた。
 けれど、スイの耳にはその声が上手く聞こえない。
 自分自身の心臓の音が聞こえる。うるさいくらいだ。目の前が暗くなったり明るくなったり目まぐるしく変わっているように感じる。吐き気が酷くて口から手を離すこともできない。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

 涙が溢れてぼやけた視界に、過去の映像が重なる。
 ひゅ。と、喉の奥を空気が通り抜ける音だけが何故か鮮明に聞こえた。
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