116 / 414
FiLwT
激情 1
しおりを挟む
◇店舗地下:翡翠2◇
「ニコ。走れるか?」
ぐい。と、ニコを守るように引き寄せて小声で問いかける。顔を上げないままだったけれど、小さく頷くのが分かった。
「合図したら上へ走れ」
スイの言葉にニコが顔を上げた。やっぱり泣いている。服の袖で涙を拭ってやると、何かを言いたそうに一瞬口を開きかけて、けれど、何も言わずに彼女は口を閉じた。
スイに申し訳ないことをしているのだと、自覚があるのだろう。だから、我儘を言わずに言うとおりにするのがいいと、聡い少女は理解したのだ。
「……いい子だ」
スイ以外は誰も気づいてはいない。
恐らくこの部屋は地下室だから、防音にはさほど気を使ってはいないのだろう。それが証拠に階上のクラブ音楽の重低音が響いている。いや、それこそこの階の音を誤魔化すためにはちょうどいいのかもしれない。けれど、靴音や拍手の音で個人を特定できる耳を持っているスイにはわかった。
「覚悟はできたか?」
抵抗をやめて大人しくなったスイに井上が歩み寄ってくる。手には横にいた男から受け取った銃が握られていた。
「大丈夫。別に傷つけたりしない。大人しくしてれば……」
どん。
と、突然非常ドアの向こうから音がした。
同時に、スイは振り返ってドアを開ける。それから、ニコを放り投げるようにその中に突き飛ばした。そのまま、ドアを閉める。
自分の身はそのままに。
「行け。上にピンクの人がいるから助けてもらうんだ。そしたら、すぐにここを離れろ。お前はここにいちゃだめだ」
ドアの向こうから、ニコの声が聞こえる。名前を呼んでいるのがわかる。けれど、スイはドアを掴んだまま開けさせることはなしなかった。
数秒、そうしてドアを叩いていたニコが諦めて階上に向かったことを確認して手を離す。
「意味わかんないんだが? なんで、一緒に逃げないんだ?」
ぱん。と、また、乾いた音がしてスイの足元の床に穴が開く。
「……二人で逃げたらすぐに追いつかれる」
震えはまだ収まってはいないけれど、精一杯の強がりで、男を見据える。
「それは一人で逃がしても一緒じゃないか? 上にも見張りはいただろ?」
「上には……連れが来た」
スマートフォンの着信を目視で確認はしていない。けれど、あの着信がシロからだと、スイにはわかっていた。それは、シロの祖父である壱狼との連絡の時によく使っていた方法で、通常の着信が通じないときにその後何度か着信を重ねることで意思の疎通を図るやり方だった。
「は? ツレ?」
三回の空メールの着信は『そっちにむかう』だ。その方法を壱狼以外で知っているのはシロだけ。しかも、今スイがいる場所の見当が付いているのもシロだけだろう。
裏口を知っているかは賭けだったけれど、階上から聞こえてきた音は店舗側からにしては近かった。この場所の存在は裏社会ではとりわけ秘匿されているものでもないので、シロが知っていたとしても不思議ではない。ニコとの電話での会話から状況を予測して追いかけてくれたのだろう。
「おい。上の入り口見てこい」
井上がお付きの男に声をかける。三人のうち二人が頷いて、エレベータに向かった。しかし、△ボタンを押そうとした手はボタンには触れられなかった。
スイがナイフを投げたからだ。
「……何のために俺がここに残ったと思ってる? 行かせない」
このエレベータもしくは、階段を使わなければ、店内からあの裏口に行く方法はない。プレミアムVIPルームは店舗の一番奥にあるから、店舗側を回っていたら、かなりの時間を要する。ニコがシロと合流して逃げるくらいの時間は稼げるだろう。
「ニコ。走れるか?」
ぐい。と、ニコを守るように引き寄せて小声で問いかける。顔を上げないままだったけれど、小さく頷くのが分かった。
「合図したら上へ走れ」
スイの言葉にニコが顔を上げた。やっぱり泣いている。服の袖で涙を拭ってやると、何かを言いたそうに一瞬口を開きかけて、けれど、何も言わずに彼女は口を閉じた。
スイに申し訳ないことをしているのだと、自覚があるのだろう。だから、我儘を言わずに言うとおりにするのがいいと、聡い少女は理解したのだ。
「……いい子だ」
スイ以外は誰も気づいてはいない。
恐らくこの部屋は地下室だから、防音にはさほど気を使ってはいないのだろう。それが証拠に階上のクラブ音楽の重低音が響いている。いや、それこそこの階の音を誤魔化すためにはちょうどいいのかもしれない。けれど、靴音や拍手の音で個人を特定できる耳を持っているスイにはわかった。
「覚悟はできたか?」
抵抗をやめて大人しくなったスイに井上が歩み寄ってくる。手には横にいた男から受け取った銃が握られていた。
「大丈夫。別に傷つけたりしない。大人しくしてれば……」
どん。
と、突然非常ドアの向こうから音がした。
同時に、スイは振り返ってドアを開ける。それから、ニコを放り投げるようにその中に突き飛ばした。そのまま、ドアを閉める。
自分の身はそのままに。
「行け。上にピンクの人がいるから助けてもらうんだ。そしたら、すぐにここを離れろ。お前はここにいちゃだめだ」
ドアの向こうから、ニコの声が聞こえる。名前を呼んでいるのがわかる。けれど、スイはドアを掴んだまま開けさせることはなしなかった。
数秒、そうしてドアを叩いていたニコが諦めて階上に向かったことを確認して手を離す。
「意味わかんないんだが? なんで、一緒に逃げないんだ?」
ぱん。と、また、乾いた音がしてスイの足元の床に穴が開く。
「……二人で逃げたらすぐに追いつかれる」
震えはまだ収まってはいないけれど、精一杯の強がりで、男を見据える。
「それは一人で逃がしても一緒じゃないか? 上にも見張りはいただろ?」
「上には……連れが来た」
スマートフォンの着信を目視で確認はしていない。けれど、あの着信がシロからだと、スイにはわかっていた。それは、シロの祖父である壱狼との連絡の時によく使っていた方法で、通常の着信が通じないときにその後何度か着信を重ねることで意思の疎通を図るやり方だった。
「は? ツレ?」
三回の空メールの着信は『そっちにむかう』だ。その方法を壱狼以外で知っているのはシロだけ。しかも、今スイがいる場所の見当が付いているのもシロだけだろう。
裏口を知っているかは賭けだったけれど、階上から聞こえてきた音は店舗側からにしては近かった。この場所の存在は裏社会ではとりわけ秘匿されているものでもないので、シロが知っていたとしても不思議ではない。ニコとの電話での会話から状況を予測して追いかけてくれたのだろう。
「おい。上の入り口見てこい」
井上がお付きの男に声をかける。三人のうち二人が頷いて、エレベータに向かった。しかし、△ボタンを押そうとした手はボタンには触れられなかった。
スイがナイフを投げたからだ。
「……何のために俺がここに残ったと思ってる? 行かせない」
このエレベータもしくは、階段を使わなければ、店内からあの裏口に行く方法はない。プレミアムVIPルームは店舗の一番奥にあるから、店舗側を回っていたら、かなりの時間を要する。ニコがシロと合流して逃げるくらいの時間は稼げるだろう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

神子は再召喚される
田舎
BL
??×神子(召喚者)。
平凡な学生だった有田満は突然異世界に召喚されてしまう。そこでは軟禁に近い地獄のような生活を送り苦痛を強いられる日々だった。
そして平和になり元の世界に戻ったというのに―――― …。
受けはかなり可哀そうです。

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる