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FiLwT
心の裂け目 5
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「ねえ。ニコ。いいよね? 私たち友達でしょ? 私のためにキャストしてよ。そうしないと、私のたっくんが捕まっちゃうんだよ? 友達なら助けてくれるよね?」
ニコは何も答えなかった。俯いて小さく肩を揺らしている。泣いているのかもしれない。ただ、スイの服の裾に縋るように指先が白くなるほど握り締めているのが痛々しい。
「いいじゃん。だって、ニコ初めてじゃないでしょ?」
ミナの表情が狂気じみたものに変わる。その言葉にニコはびくり。と、大きく肩を揺らした。
「話してくれたじゃん。前にヤなことあったから女子高選んだって。あの後、ネットで調べたから知ってるよ。キモオタに捕まって1週間も監禁されちゃたんでしょ? ヤられちゃったよね。それに比べればどうってことないって。薬使えば気持ちいい……」
「黙れ!!」
思わず、叫んでいた。血管の中を黒くて重くて熱い感情が駆け巡っているようだった。
調べようと思えばすぐに調べられるけれど調べなかったニコの過去は、スイがこんなふうに知っていいものでないと思うし、知りたくなかった。それは、スイがニコに感じていたシンパシーのようなものを裏付けてしまうものだった。
スイの声にそこにいる全員が固まった。
この場の男で最も非力そうな青年が激昂すると想像してはいなかったのだろう。だから、スイはすぐに動いた。冷静だったわけではない。ただ、ここにこれ以上居たくなかったし、ニコをここに居させたくなかった。
背にさしてあるナイフを抜いてエレベータの前に立つプリン頭に向かって投げる。命を取らずに、無力化するには眼球を狙うのがいい。視界を奪うだけでなく神経が集中している場所は痛みも強いからだ。もちろん、狙い通りにナイフはプリン頭の目に突き立った。同時に、ソファの右側に座った男の喉を拳で突く。力は必要ない。狙いさえ外さなければ数秒間は呼吸をすることができなくなる。それで十分だ。
その早業に相手があっけにとられているうちにスイはニコの手を取って走り出した。
向かうのは非常口。特性上鍵はついていないはず。見た限りノブの周りに鍵穴もサムターンも存在しない。けれど、ドアノブに手をかけたところで、ぱん。と、乾いた音がした。
聞きなれた音だ。それから、焦げ臭いような匂いがあたりに広がる。
痛みはない。狙わなかったのか、狙ったのにあたらなかったのかは分からないが、とにかく、銃弾はどこへともない場所に吸い込まれて消えた。
「手際いいな。素人じゃないのか?」
スイに銃を向けているのは、お付きの3人のうちの一人だった。けれど、その銃口は井上の手で床へと下ろされている。
「商品に傷つけるな」
怒っている風ではない。けれど、銃を持った男は『すみません』と、頭を下げる。
「残念だけど、今帰られたら仕事にならないんでな」
くく。と、男が厭らしく笑う。その顔を見ているだけで気分が悪くなった。
ヴヴ。
スマートフォンが着信を知らせてくる。ポケットに手を入れた瞬間。また、ぱん。と、乾いた音が鳴った。
「動くな」
ニコの腕を引いて背中に隠す。彼女は脱力したようにされるがままだ。
状況は芳しくない。
いくつか脱出方法は考えてあったが、どれも危険度は低くない。
冷静になって少しでも安全な方法を考えなければいけないのに、昏い感情が冷静な思考の邪魔をする。
怖い。
震えるニコの手を握る自分の手も震えているのがわかる。クライアントを守れないことも、怪我をすることも、時には死ぬことすら、恐れる心を理性で押さえてきた。けれど、それだけはだめだ。ニコがそうであるように、スイもまたその恐怖から逃れられないでいた。
「……ごめん……スイちゃん」
小さくニコが呟く。仕事なんだから大丈夫。と、安心させてやりたかったけれど、言葉が出てこない。
ヴヴ。
言葉を探していると、もう一度、スマートフォンが振動した。
ヴヴ。
ヴヴ。
間を置かず、二度目。三度目の着信。
同時に、スイの耳は階上からの僅かな音を拾っていた。
ニコは何も答えなかった。俯いて小さく肩を揺らしている。泣いているのかもしれない。ただ、スイの服の裾に縋るように指先が白くなるほど握り締めているのが痛々しい。
「いいじゃん。だって、ニコ初めてじゃないでしょ?」
ミナの表情が狂気じみたものに変わる。その言葉にニコはびくり。と、大きく肩を揺らした。
「話してくれたじゃん。前にヤなことあったから女子高選んだって。あの後、ネットで調べたから知ってるよ。キモオタに捕まって1週間も監禁されちゃたんでしょ? ヤられちゃったよね。それに比べればどうってことないって。薬使えば気持ちいい……」
「黙れ!!」
思わず、叫んでいた。血管の中を黒くて重くて熱い感情が駆け巡っているようだった。
調べようと思えばすぐに調べられるけれど調べなかったニコの過去は、スイがこんなふうに知っていいものでないと思うし、知りたくなかった。それは、スイがニコに感じていたシンパシーのようなものを裏付けてしまうものだった。
スイの声にそこにいる全員が固まった。
この場の男で最も非力そうな青年が激昂すると想像してはいなかったのだろう。だから、スイはすぐに動いた。冷静だったわけではない。ただ、ここにこれ以上居たくなかったし、ニコをここに居させたくなかった。
背にさしてあるナイフを抜いてエレベータの前に立つプリン頭に向かって投げる。命を取らずに、無力化するには眼球を狙うのがいい。視界を奪うだけでなく神経が集中している場所は痛みも強いからだ。もちろん、狙い通りにナイフはプリン頭の目に突き立った。同時に、ソファの右側に座った男の喉を拳で突く。力は必要ない。狙いさえ外さなければ数秒間は呼吸をすることができなくなる。それで十分だ。
その早業に相手があっけにとられているうちにスイはニコの手を取って走り出した。
向かうのは非常口。特性上鍵はついていないはず。見た限りノブの周りに鍵穴もサムターンも存在しない。けれど、ドアノブに手をかけたところで、ぱん。と、乾いた音がした。
聞きなれた音だ。それから、焦げ臭いような匂いがあたりに広がる。
痛みはない。狙わなかったのか、狙ったのにあたらなかったのかは分からないが、とにかく、銃弾はどこへともない場所に吸い込まれて消えた。
「手際いいな。素人じゃないのか?」
スイに銃を向けているのは、お付きの3人のうちの一人だった。けれど、その銃口は井上の手で床へと下ろされている。
「商品に傷つけるな」
怒っている風ではない。けれど、銃を持った男は『すみません』と、頭を下げる。
「残念だけど、今帰られたら仕事にならないんでな」
くく。と、男が厭らしく笑う。その顔を見ているだけで気分が悪くなった。
ヴヴ。
スマートフォンが着信を知らせてくる。ポケットに手を入れた瞬間。また、ぱん。と、乾いた音が鳴った。
「動くな」
ニコの腕を引いて背中に隠す。彼女は脱力したようにされるがままだ。
状況は芳しくない。
いくつか脱出方法は考えてあったが、どれも危険度は低くない。
冷静になって少しでも安全な方法を考えなければいけないのに、昏い感情が冷静な思考の邪魔をする。
怖い。
震えるニコの手を握る自分の手も震えているのがわかる。クライアントを守れないことも、怪我をすることも、時には死ぬことすら、恐れる心を理性で押さえてきた。けれど、それだけはだめだ。ニコがそうであるように、スイもまたその恐怖から逃れられないでいた。
「……ごめん……スイちゃん」
小さくニコが呟く。仕事なんだから大丈夫。と、安心させてやりたかったけれど、言葉が出てこない。
ヴヴ。
言葉を探していると、もう一度、スマートフォンが振動した。
ヴヴ。
ヴヴ。
間を置かず、二度目。三度目の着信。
同時に、スイの耳は階上からの僅かな音を拾っていた。
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