遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

心の裂け目 4

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「この女はお前を売ったんだ。田中三奈だっけ? SNS読んだよ。裏垢のほう」

 そこには高校に入る前からの彼女の日記が書かれていた。
 はじめは他愛もない日常のことばかりだった。好きな本のこと。駅前の可愛い文具店のこと。猫を飼ってみたいこと。それを母親に言い出せないこと。流行りのドリンクが飲んでみたいけれど、一人では行きにくいこと。ニコを誘ってみようかと思っていること。恋をしてみたいこと。どこにでもいる少し大人しめの女子高生のありきたりの日記だった。
 それが、高校に入学してからは楽し気な内容が減ってくる。なかなか友人ができないこと。親の期待が重いこと。唯一の友達のニコといると何もかも比べられて辛いこと。クラスで浮いていること。
 さらに、変わったのは、親と喧嘩して家を飛び出した日からだった。

「は? 何言ってんの? 鍵かけてあるんですけど」

 機密度が高くもない汎用的な鍵なんてスイにとってはないのと同じだ。むしろ鍵があるのだと安心して何でも書いてしまうやつらが多いから、情報源としては優秀だと言える。

「去年の7月27日。夏休み最初の日。場所はこの近くのコンビニの駐車場。声をかけてきたのはこいつから。『息苦しい私の世界から救ってくれるヒーロー』だろ」

 スイが口にした言葉にミナの顔がかっ。と、赤くなる。明らかな狼狽。誰にも見られていないはずの心の奥を見られるのはさぞ不快だろう。

「そのときは『嫌なことを忘れられる薬』をもらって送ってもらったんだよな。優しく話を聞いてくれて、共感して慰めてくれる相手を信じたくなる気持ちは分かるけど、ダメな薬だってわかってただろ?」

「なに? 意味わかんない」

 分かっていないわけはない。と、表情は物語っている。こんな方法で少女を追い詰めるのは気が進まないけれど、今は時間を稼ぎたい。

「でもな。淑青会女学院の制服はこの男にはカモにしか見えなかったと思うけど? 優しいふりをして夢中にさせて学校で薬まで売らせて」

 日記には彼女がすぐに男に熱を上げていくさまが書かれていた。真面目でおとなしかった彼女にとって、はじめての恋の相手は、少し危険な香りがするけれど、自分には甘くて優しい年上の男だった。学校で薬を売らされても、ミナのような悩みを持つ子を救うためだと言われて、たぶん、疑いがなかったわけではないけれど信じ込もうとしている愚かで純粋な少女が、まだ、そこにはいた。

「君のお父さん官僚だって? こいつの親父に圧力かけられて、娘を犯罪者にしたくなくて、飛び出したままでも捜索願も出さない。
 挙句の果てには、『キャストが足りないからお前がキャストをさせなければいけなくなる』『そんなことはさせたくないから可愛い友達を紹介しろ』『紹介してくれないと訴えられる。彼女なら助けてくれるだろう』って。本当に信じてた? こいつ。自称彼女が曜日の数だけいるよ?」

 き。と、スイを睨みつけて話を聞いていた彼女が、男の話になって驚いたように抱きついた相手の顔を見上げる。他に女がいたことに気付いていなかったのだとしたら、愚かを通り越して滑稽だ。

「たっくん……」

『キャスト』は、BIG Hの裏口から入るこの場所の接客要員だ。もちろん、ただのキャバクラとは違う。明らかに法律に抵触する年齢の少年少女や希少種に薬を使い、性的なサービスを強要する秘密クラブ。輝夜町には珍しくないサービスだが、サービスを提供させられている子供たちは殆どが素人で数も豊富な上、絶対に摘発を受けない、受けてももみ消すことが容易いとなれば、社会的立場がある『良識のある大人』にはうってつけだった。
 そのサービスを恋人に強要する男をどうして信じることができるのだろう。
 スイは思う。
 恋をすると、人は愚かになる。スイだって人のことは言えない。二人に惹かれていく自分を止められなくて、自分の足に重い足枷が付いていることを忘れていたのだ。

「俺のことより、そんな他人のこと信じるわけ? 俺はお前にキャストをさせたくなかったから、友達でいいって言ったのによ」

 ミナの髪に手を入れて撫でてから、ぱ。と、その手を離して、吐き捨てるように井上が言う。

「そんなことないよ! たっくんのこと信じてる! たっくんのためなら何でもする」

 こんな男のどこにそんな価値があるのか、スイには理解できなかった。でも、人を好きになるということはそういうことなのだろう。理屈ではない。

「人の日記勝手に見てサイテー」

 怒りをあらわにスイを見るミナが何だか哀れに思える。そもそも、彼女を説得して連れ帰ろうとか思ってはいない。ニコが本当のことを知った以上はニコだけを無事に連れ帰ることを考えればいい。
 これ見よがしにため息を吐くと、その態度にイラついたのか彼女は何かを言いかけて、でも、反論が思いつかなかったのか、ニコの方を向いた。
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