遠くて近い世界で

司書Y

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「でもよ」

 入り口のドアを半開きにして顔だけを中に入れているような状態のスイにずい。と、プリン頭が詰め寄って来て、半開きにしてあったドアを大きく開いた。心の中では一瞬警戒が高まるけれど、努めて表情には出さない。怪しまれて外に放り出されるのも、実力行使でまかり通るのも、今はまだ避けたい。

「可愛いじゃん」

 にや。と、嫌な笑いを浮かべて、プリン頭はスイの全身を上から下まで値踏みするように見る。不快なことこの上ないが、スイはそれも顔に出さないように努めた。

「今月、『キャスト』足りねえんだろ? この子でいいじゃん。ノルマ達成じゃね?」

 ぐい。と、スイの腕を掴んで、建物の中に引き入れられる。後ろでドアが閉まる音がした。

「ま……これなら、男でも需要あるか」

 もう一人の男は複雑そうな表情を浮かべていたけれど、プリン頭とは違う真剣な目でスイを眺めてから、何かに気付いたようにはっとした。

「もしかして、髪とか目とか天然?」

 見つめられるのが嫌で目を逸らす。
 こういう手合いは何故か遺伝子改変の負の遺産というべきスイのような容姿に異常な執着を見せることが多い。それをスイは単純に物珍しさからだと思っている。けれど、実際には人の命を危険に晒してまで得た遺伝子の傷はそれがすでに一つの芸術品のように扱われているという事実がある。裏社会ではそれらの特徴を持つものが高値で取引されているのだ。そのうえ、スイ自身はまったくの無自覚なのだが、中性的で整った顔立ちや、黒目がちで大きな瞳の童顔や、細くすんなりと伸びた手足はその翡翠のような美術品の価値を高めていた。

「マ? 天然もんとか、普通に街歩いてたりすんの?」

 そもそも、薬で遺伝子を改変している時点で天然ではない。けれど、薬で変化した後、二代以上遺伝を重ねた子孫を天然ものと呼ぶことはスイも知っている。しかし、スイは両親も、祖父母も全員黒髪黒目だ。おそらくはそれ以前の世代からの隔世遺伝なのだろう。そういう意味では天然ものらしいのだが、そう言われるのは不快なことこの上ない。

「……あの……連れに会わせてもらえないですか?」

 もし、こんな状況でなければ、逃げ出すかぶちのめすかしていた。と、スイは思う。でも、この依頼はやり切ると決めた。だから、不快感は無理矢理押し込める。

「いいよ。会わせてやる。ここ頼む。Jさんとこ行ってくる」

 黒髪の男の方が頷いて、スイの手を取った。何とか、騒ぎを起こさずにもう少し上の立場の人間に会えるようだ。おそらくは、ニコも今そこにいる。

「あ? ちょっと待てよ。ノルマ横取りする気か?」

 黒髪の手にひかれるままについていこうとするのだが、プリン頭が握っているもう片方の腕を離そうとしない。折角うまく行きかけたのにと舌打ちしたくなった。こうしている間にもニコは危機的状況にいるかもしれないのだ。どっちが連れていくんでも構わないから、早くしてほしい。いや、この後の展開を考えたら、少しは頭の回りそうな黒髪よりプリン頭のほうが御しやすいかもしれない。しかし、見るからに頭の悪そうなプリン頭に上との謁見なんて難易度の高いミッションを任せるんだろうか。そんなことが頭を過る。

「はあ? わかったよ。お前連れて行ってこい。これ、思ったより掘り出しもんかも。特別ボーナスでるかもしんねえぞ」

 けれど、黒髪はあっさりと引いた。意外だと思うが、追及することはできないしする暇もない。

「ヤバ。なにそれ。最高かよ」

 スキップでもしそうな勢いでプリン頭がスイの手を強引にひく。
 その手に従って、スイは歩き出した。
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