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FiLwT
人混みに探す誰か 5
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「ユキ。気付いてるだろ? スイさん。すごく警戒心が強いこと。特に人が多いところだと、いつも周りを気にしてばっかいること」
アキの問いに、ユキは頷いた。
「誰かに呼ばれたみたいに振り返って……誰も見つけられなくてほっとしてる」
そこまで気付きながら、自分の質問がスイにどう受け取られたか考えが及ばないユキにため息が漏れる。けれど、分かっていながら質問した自分に比べればマシか。と、思い直す。
その人物が、スイに何をしたのか、それも、ある程度は想像がつく。一人で数人のヤクザ相手に全く表情すら変えないスイが一瞬で怯えた表情を見せる意味が分からないはずがない。
スイが人混みに探すその人物が過去のスイに何をしたのかわからない。それが、彼の並外れた知能という特異な能力に対しての行いなのか、本人は意識していないだろう稀有な容貌や身体に対しての行いなのか、勝手な想像はしたくない。けれど、想像してしまう。おそらくは後者であること。だから、スイはアキの感情に気付いて距離を取ろうとした。
「スイさんは、お前にそいつのことを聞かれていると思ったんだろ」
未だ兄の言っている意味に気付かないユキに、アキははっきりと言葉にした。その言葉にユキは一瞬呆けたような顔をしてから、すぐに顔色を変える。
「あ……え。俺、そんな。スイさんに嫌なこと思い出させる気なんて……」
ユキはあまり過去のことに頓着しない。目の前にいるスイがすべてなのだろうと思う。過去にまで嫉妬する自分とは違う。だから、ユキは本当にスイが話したくないなら過去を詮索する気などないだろう。それは、アキにはよくわかっている。自分もそんな風になれたらと思う。
「わかってる。……けど。悪いな。少し前に、俺が同じことを聞いたから、スイさんは過敏になんてたんだ。お前のせいじゃない」
くしゃり。と、ユキの頭を撫でる。
自分はともかく、ユキの誤解は解いてやらないといけない。ユキが聞きたかったのは、スイと一緒にいた人物のことだと、伝えることは簡単だ。けれど、スイの心の中に刺さってしまった棘を完全に抜くことなんてできるのだろうか。きっと、うまく言えなくても、スイはわかった。と、言ってくれるだろう。そうして、無理に笑う。そんなことを繰り返していて、いつかその無理がスイを致命的に傷つけてしまうことが何より怖い。
ちがうだろ?
怖いのはそんなことじゃない。
アキは心の中で呟く。
違うのだ。もちろん、ユキのことが心配だ。スイを傷つけたくない。けれど、心の中に蟠って消えない暗い思い。たとえ、命がけで取り戻した弟にすら、彼の初恋だと分かっていても、スイを渡したくないと思ってしまっている自分にアキは気付いていた。
いや、本当は分かっている。川和志狼より、もっと手強くて、危険な相手がユキなのだ。近い将来、ユキは志狼よりももっと、いい男になる。焦りよりも、恐怖を感じる。
だからこそ、誰よりもスイの近くにいたいし、スイのことを知っていたい。
そう。ユキよりも近くに。
そして、そんな焦りを隠せなくなっている自分にアキは気付いていた。大切にしたいと思う気持ちと、相反する自分の中の利己的な欲求をスイにぶつけてしまったことに嫌悪感じるのに止められない。
ユキとは違って恋愛経験が少ないとは思っていないけれど、今回ばかりは思い通りにいかない。いや、思い返してみれば、こんなふうに思う人は他にはいなか。キレイだと思う人や、したいと思うことはあっても、自分をコントロールできなくなったことなんてない。スイはアキにとって特別なのだと、傷つけてしまってから、気づいた。
「……なあ。兄貴」
すがるような視線を寄越して、ユキが言う。
「スイさん……このままいなくなったりしないよな?」
ユキの言葉に一瞬心臓が凍りついた気がした。笑ってそんなわけない。とは言えなかった。自分たちはスイの何を知っているのだろうと、思う。
何も知らない。
アキが何も応えないから、ユキの表情が泣き出してしまいそうに歪む。
「……スイさんは……」
何かを言って安心させてやりたくて、自分自身が安心したくて、言葉を探す。
けれど、言葉が見付からない。スイなら、本当に何もかもそのままにある日突然消えてしまうことがあっても不思議ではない気がした。
ヴヴヴ。
何も言えず、ユキの目も見られずに逡巡していると、ポケットの中のスマートフォンが鳴動した。ユキの視線から逃げるようにポケットから取り出して、確認する。
相手は、意外な人物だった。
アキの問いに、ユキは頷いた。
「誰かに呼ばれたみたいに振り返って……誰も見つけられなくてほっとしてる」
そこまで気付きながら、自分の質問がスイにどう受け取られたか考えが及ばないユキにため息が漏れる。けれど、分かっていながら質問した自分に比べればマシか。と、思い直す。
その人物が、スイに何をしたのか、それも、ある程度は想像がつく。一人で数人のヤクザ相手に全く表情すら変えないスイが一瞬で怯えた表情を見せる意味が分からないはずがない。
スイが人混みに探すその人物が過去のスイに何をしたのかわからない。それが、彼の並外れた知能という特異な能力に対しての行いなのか、本人は意識していないだろう稀有な容貌や身体に対しての行いなのか、勝手な想像はしたくない。けれど、想像してしまう。おそらくは後者であること。だから、スイはアキの感情に気付いて距離を取ろうとした。
「スイさんは、お前にそいつのことを聞かれていると思ったんだろ」
未だ兄の言っている意味に気付かないユキに、アキははっきりと言葉にした。その言葉にユキは一瞬呆けたような顔をしてから、すぐに顔色を変える。
「あ……え。俺、そんな。スイさんに嫌なこと思い出させる気なんて……」
ユキはあまり過去のことに頓着しない。目の前にいるスイがすべてなのだろうと思う。過去にまで嫉妬する自分とは違う。だから、ユキは本当にスイが話したくないなら過去を詮索する気などないだろう。それは、アキにはよくわかっている。自分もそんな風になれたらと思う。
「わかってる。……けど。悪いな。少し前に、俺が同じことを聞いたから、スイさんは過敏になんてたんだ。お前のせいじゃない」
くしゃり。と、ユキの頭を撫でる。
自分はともかく、ユキの誤解は解いてやらないといけない。ユキが聞きたかったのは、スイと一緒にいた人物のことだと、伝えることは簡単だ。けれど、スイの心の中に刺さってしまった棘を完全に抜くことなんてできるのだろうか。きっと、うまく言えなくても、スイはわかった。と、言ってくれるだろう。そうして、無理に笑う。そんなことを繰り返していて、いつかその無理がスイを致命的に傷つけてしまうことが何より怖い。
ちがうだろ?
怖いのはそんなことじゃない。
アキは心の中で呟く。
違うのだ。もちろん、ユキのことが心配だ。スイを傷つけたくない。けれど、心の中に蟠って消えない暗い思い。たとえ、命がけで取り戻した弟にすら、彼の初恋だと分かっていても、スイを渡したくないと思ってしまっている自分にアキは気付いていた。
いや、本当は分かっている。川和志狼より、もっと手強くて、危険な相手がユキなのだ。近い将来、ユキは志狼よりももっと、いい男になる。焦りよりも、恐怖を感じる。
だからこそ、誰よりもスイの近くにいたいし、スイのことを知っていたい。
そう。ユキよりも近くに。
そして、そんな焦りを隠せなくなっている自分にアキは気付いていた。大切にしたいと思う気持ちと、相反する自分の中の利己的な欲求をスイにぶつけてしまったことに嫌悪感じるのに止められない。
ユキとは違って恋愛経験が少ないとは思っていないけれど、今回ばかりは思い通りにいかない。いや、思い返してみれば、こんなふうに思う人は他にはいなか。キレイだと思う人や、したいと思うことはあっても、自分をコントロールできなくなったことなんてない。スイはアキにとって特別なのだと、傷つけてしまってから、気づいた。
「……なあ。兄貴」
すがるような視線を寄越して、ユキが言う。
「スイさん……このままいなくなったりしないよな?」
ユキの言葉に一瞬心臓が凍りついた気がした。笑ってそんなわけない。とは言えなかった。自分たちはスイの何を知っているのだろうと、思う。
何も知らない。
アキが何も応えないから、ユキの表情が泣き出してしまいそうに歪む。
「……スイさんは……」
何かを言って安心させてやりたくて、自分自身が安心したくて、言葉を探す。
けれど、言葉が見付からない。スイなら、本当に何もかもそのままにある日突然消えてしまうことがあっても不思議ではない気がした。
ヴヴヴ。
何も言えず、ユキの目も見られずに逡巡していると、ポケットの中のスマートフォンが鳴動した。ユキの視線から逃げるようにポケットから取り出して、確認する。
相手は、意外な人物だった。
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