遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
105 / 414
FiLwT

人混みに探す誰か 5

しおりを挟む
「ユキ。気付いてるだろ? スイさん。すごく警戒心が強いこと。特に人が多いところだと、いつも周りを気にしてばっかいること」

 アキの問いに、ユキは頷いた。

「誰かに呼ばれたみたいに振り返って……誰も見つけられなくてほっとしてる」

 そこまで気付きながら、自分の質問がスイにどう受け取られたか考えが及ばないユキにため息が漏れる。けれど、分かっていながら質問した自分に比べればマシか。と、思い直す。
 その人物が、スイに何をしたのか、それも、ある程度は想像がつく。一人で数人のヤクザ相手に全く表情すら変えないスイが一瞬で怯えた表情を見せる意味が分からないはずがない。
 スイが人混みに探すその人物が過去のスイに何をしたのかわからない。それが、彼の並外れた知能という特異な能力に対しての行いなのか、本人は意識していないだろう稀有な容貌や身体に対しての行いなのか、勝手な想像はしたくない。けれど、想像してしまう。おそらくは後者であること。だから、スイはアキの感情に気付いて距離を取ろうとした。

「スイさんは、お前にそいつのことを聞かれていると思ったんだろ」

 未だ兄の言っている意味に気付かないユキに、アキははっきりと言葉にした。その言葉にユキは一瞬呆けたような顔をしてから、すぐに顔色を変える。

「あ……え。俺、そんな。スイさんに嫌なこと思い出させる気なんて……」

 ユキはあまり過去のことに頓着しない。目の前にいるスイがすべてなのだろうと思う。過去にまで嫉妬する自分とは違う。だから、ユキは本当にスイが話したくないなら過去を詮索する気などないだろう。それは、アキにはよくわかっている。自分もそんな風になれたらと思う。

「わかってる。……けど。悪いな。少し前に、俺が同じことを聞いたから、スイさんは過敏になんてたんだ。お前のせいじゃない」

 くしゃり。と、ユキの頭を撫でる。
 自分はともかく、ユキの誤解は解いてやらないといけない。ユキが聞きたかったのは、スイと一緒にいた人物のことだと、伝えることは簡単だ。けれど、スイの心の中に刺さってしまった棘を完全に抜くことなんてできるのだろうか。きっと、うまく言えなくても、スイはわかった。と、言ってくれるだろう。そうして、無理に笑う。そんなことを繰り返していて、いつかその無理がスイを致命的に傷つけてしまうことが何より怖い。

 ちがうだろ?
 怖いのはそんなことじゃない。

 アキは心の中で呟く。
 違うのだ。もちろん、ユキのことが心配だ。スイを傷つけたくない。けれど、心の中に蟠って消えない暗い思い。たとえ、命がけで取り戻した弟にすら、彼の初恋だと分かっていても、スイを渡したくないと思ってしまっている自分にアキは気付いていた。
 いや、本当は分かっている。川和志狼より、もっと手強くて、危険な相手がユキなのだ。近い将来、ユキは志狼よりももっと、いい男になる。焦りよりも、恐怖を感じる。
 だからこそ、誰よりもスイの近くにいたいし、スイのことを知っていたい。
 そう。ユキよりも近くに。

 そして、そんな焦りを隠せなくなっている自分にアキは気付いていた。大切にしたいと思う気持ちと、相反する自分の中の利己的な欲求をスイにぶつけてしまったことに嫌悪感じるのに止められない。
 ユキとは違って恋愛経験が少ないとは思っていないけれど、今回ばかりは思い通りにいかない。いや、思い返してみれば、こんなふうに思う人は他にはいなか。キレイだと思う人や、したいと思うことはあっても、自分をコントロールできなくなったことなんてない。スイはアキにとって特別なのだと、傷つけてしまってから、気づいた。

「……なあ。兄貴」

 すがるような視線を寄越して、ユキが言う。

「スイさん……このままいなくなったりしないよな?」

 ユキの言葉に一瞬心臓が凍りついた気がした。笑ってそんなわけない。とは言えなかった。自分たちはスイの何を知っているのだろうと、思う。

 何も知らない。

 アキが何も応えないから、ユキの表情が泣き出してしまいそうに歪む。

「……スイさんは……」

 何かを言って安心させてやりたくて、自分自身が安心したくて、言葉を探す。
 けれど、言葉が見付からない。スイなら、本当に何もかもそのままにある日突然消えてしまうことがあっても不思議ではない気がした。

 ヴヴヴ。

 何も言えず、ユキの目も見られずに逡巡していると、ポケットの中のスマートフォンが鳴動した。ユキの視線から逃げるようにポケットから取り出して、確認する。
 相手は、意外な人物だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

神子は再召喚される

田舎
BL
??×神子(召喚者)。 平凡な学生だった有田満は突然異世界に召喚されてしまう。そこでは軟禁に近い地獄のような生活を送り苦痛を強いられる日々だった。 そして平和になり元の世界に戻ったというのに―――― …。 受けはかなり可哀そうです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

処理中です...