遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

人混みに探す誰か 3

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 ヴヴ。
 と、小さく音がして、スイがグラスの脇に置いてあったスマートフォンが振動する。着信の相手を確認して、スイの表情が変わった。

「出なよ」

 促すと、小さく、ごめん。と、言ってから、スイは店の隅に移動して電話に出た。

 その細い背中にため息が漏れる。
 電話の音に救われた。と。
 あのまま話していたら、今まで耐えた自分自身をすべて無駄にしてしまうところだった。それは、家族や自分が育てた組織や彼の庇護下で生きていたこの街の人たちのために、自分の想いを犠牲にし続けた祖父への裏切りであり、侮辱だ。川和壱狼の孫なのだと胸を張ることができなくなってしまわなくてよかったと心から思う。同時に、罪悪感。少しでも自分の想いをスイに押し付けようとしたことに後悔が湧き上がる。
 だから、電話がかかってきて本当によかった。

「は? 電話? ……って。今まで通じなかったんだろ?」

 店には今日は殆ど客はいない。シロとスイ以外には店の常連らしい仕立てのいいスーツを着た初老の男性だけだ。それでも、その人物に遠慮したのか、スイは店の隅で電話を受けた。にもかかわらず、スイは声を荒げた。それだけでも、何か良くないことがあったのだと分かる。

「……BIG Hって、輝夜町の?」

 スイが言った店名には聞き覚えがあった。
 輝夜町は県を東西に貫く幹線道路を挟んで南北に分かれた巨大歓楽街だ。大通りには東西約2キロにわたって若者向け、男性向け、女性向け、あらゆるニーズに合わせたクラブやレストラン、居酒屋などが飲食店が立ち並んでいる。そこから垂直に伸びる小道には、スナックやバーが。そして、南北の大通りと平行して伸びる道には風俗店やホテル街までもが存在している。この街でできない大人の遊びはないと言われるほどに、様々な店が合法・非合法に存在していた。南北の道は幹線道路から離れるほどディープな店が増えて、危険度も増す。通りを五つほど奥へはいるとほぼ魔物の巣窟だ。
 街の南側のエリアはシロの所属する川和組の支配下にあり、幹線道路に近い側は比較的治安が良く、遊び慣れていない若者でも危険な目に逢うことはない。けれど、北エリアは菱川の支配下にあり表通りに面した店でも安価な薬が公然と売買されていた。

「ちょ……っ。何言ってんだ。……今、調べてるから……」

 たしか、BIG Hは、最近若者の間で話題になっている店だ。派手で、軽く、無節操に人気のジャンルを取り入れて急成長してきた店だが、裏腹にいい噂は聞かない。もちろん、そんな噂について、スイが知らないはずがない。
 スイの電話の相手はそんな場所に何の関係があるんだろうか。相手がそこへ行こうとしているのをスイが止めている。そんな風に見える。

「おい。待てって」

 スイの静止を聞かず、電話は切れたようだった。

「……あの。バカ……っ」

 切れたスマートフォンを見つめてスイが呟く。しばらくはリダイヤルをしていたけれど、繋がりはしなかったようだ。と、言うよりも、コールすらしていないようだ。

「ごめん。シロ君。俺、行かないといけなくなった」

 電話をかけることを諦めたのか、くるり。と、振り返ってスイが言う。表情には明らかな焦りの色。何があったのかと、問いかける前にスイは扉に向かって走り出す。

「シムさん。ツケといて」

「あいよ」

 引き留める気も、問いただす気もなさそうなのんびりとしたシムの返事と同時に扉は開き、スイは屋外へと飛び出した。何もできないままそれを見送って、一息。出遅れた感は否めないが、スイの姿を追って、シロも外へ走りだした。
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