103 / 414
FiLwT
人混みに探す誰か 3
しおりを挟む
ヴヴ。
と、小さく音がして、スイがグラスの脇に置いてあったスマートフォンが振動する。着信の相手を確認して、スイの表情が変わった。
「出なよ」
促すと、小さく、ごめん。と、言ってから、スイは店の隅に移動して電話に出た。
その細い背中にため息が漏れる。
電話の音に救われた。と。
あのまま話していたら、今まで耐えた自分自身をすべて無駄にしてしまうところだった。それは、家族や自分が育てた組織や彼の庇護下で生きていたこの街の人たちのために、自分の想いを犠牲にし続けた祖父への裏切りであり、侮辱だ。川和壱狼の孫なのだと胸を張ることができなくなってしまわなくてよかったと心から思う。同時に、罪悪感。少しでも自分の想いをスイに押し付けようとしたことに後悔が湧き上がる。
だから、電話がかかってきて本当によかった。
「は? 電話? ……って。今まで通じなかったんだろ?」
店には今日は殆ど客はいない。シロとスイ以外には店の常連らしい仕立てのいいスーツを着た初老の男性だけだ。それでも、その人物に遠慮したのか、スイは店の隅で電話を受けた。にもかかわらず、スイは声を荒げた。それだけでも、何か良くないことがあったのだと分かる。
「……BIG Hって、輝夜町の?」
スイが言った店名には聞き覚えがあった。
輝夜町は県を東西に貫く幹線道路を挟んで南北に分かれた巨大歓楽街だ。大通りには東西約2キロにわたって若者向け、男性向け、女性向け、あらゆるニーズに合わせたクラブやレストラン、居酒屋などが飲食店が立ち並んでいる。そこから垂直に伸びる小道には、スナックやバーが。そして、南北の大通りと平行して伸びる道には風俗店やホテル街までもが存在している。この街でできない大人の遊びはないと言われるほどに、様々な店が合法・非合法に存在していた。南北の道は幹線道路から離れるほどディープな店が増えて、危険度も増す。通りを五つほど奥へはいるとほぼ魔物の巣窟だ。
街の南側のエリアはシロの所属する川和組の支配下にあり、幹線道路に近い側は比較的治安が良く、遊び慣れていない若者でも危険な目に逢うことはない。けれど、北エリアは菱川の支配下にあり表通りに面した店でも安価な薬が公然と売買されていた。
「ちょ……っ。何言ってんだ。……今、調べてるから……」
たしか、BIG Hは、最近若者の間で話題になっている店だ。派手で、軽く、無節操に人気のジャンルを取り入れて急成長してきた店だが、裏腹にいい噂は聞かない。もちろん、そんな噂について、スイが知らないはずがない。
スイの電話の相手はそんな場所に何の関係があるんだろうか。相手がそこへ行こうとしているのをスイが止めている。そんな風に見える。
「おい。待てって」
スイの静止を聞かず、電話は切れたようだった。
「……あの。バカ……っ」
切れたスマートフォンを見つめてスイが呟く。しばらくはリダイヤルをしていたけれど、繋がりはしなかったようだ。と、言うよりも、コールすらしていないようだ。
「ごめん。シロ君。俺、行かないといけなくなった」
電話をかけることを諦めたのか、くるり。と、振り返ってスイが言う。表情には明らかな焦りの色。何があったのかと、問いかける前にスイは扉に向かって走り出す。
「シムさん。ツケといて」
「あいよ」
引き留める気も、問いただす気もなさそうなのんびりとしたシムの返事と同時に扉は開き、スイは屋外へと飛び出した。何もできないままそれを見送って、一息。出遅れた感は否めないが、スイの姿を追って、シロも外へ走りだした。
と、小さく音がして、スイがグラスの脇に置いてあったスマートフォンが振動する。着信の相手を確認して、スイの表情が変わった。
「出なよ」
促すと、小さく、ごめん。と、言ってから、スイは店の隅に移動して電話に出た。
その細い背中にため息が漏れる。
電話の音に救われた。と。
あのまま話していたら、今まで耐えた自分自身をすべて無駄にしてしまうところだった。それは、家族や自分が育てた組織や彼の庇護下で生きていたこの街の人たちのために、自分の想いを犠牲にし続けた祖父への裏切りであり、侮辱だ。川和壱狼の孫なのだと胸を張ることができなくなってしまわなくてよかったと心から思う。同時に、罪悪感。少しでも自分の想いをスイに押し付けようとしたことに後悔が湧き上がる。
だから、電話がかかってきて本当によかった。
「は? 電話? ……って。今まで通じなかったんだろ?」
店には今日は殆ど客はいない。シロとスイ以外には店の常連らしい仕立てのいいスーツを着た初老の男性だけだ。それでも、その人物に遠慮したのか、スイは店の隅で電話を受けた。にもかかわらず、スイは声を荒げた。それだけでも、何か良くないことがあったのだと分かる。
「……BIG Hって、輝夜町の?」
スイが言った店名には聞き覚えがあった。
輝夜町は県を東西に貫く幹線道路を挟んで南北に分かれた巨大歓楽街だ。大通りには東西約2キロにわたって若者向け、男性向け、女性向け、あらゆるニーズに合わせたクラブやレストラン、居酒屋などが飲食店が立ち並んでいる。そこから垂直に伸びる小道には、スナックやバーが。そして、南北の大通りと平行して伸びる道には風俗店やホテル街までもが存在している。この街でできない大人の遊びはないと言われるほどに、様々な店が合法・非合法に存在していた。南北の道は幹線道路から離れるほどディープな店が増えて、危険度も増す。通りを五つほど奥へはいるとほぼ魔物の巣窟だ。
街の南側のエリアはシロの所属する川和組の支配下にあり、幹線道路に近い側は比較的治安が良く、遊び慣れていない若者でも危険な目に逢うことはない。けれど、北エリアは菱川の支配下にあり表通りに面した店でも安価な薬が公然と売買されていた。
「ちょ……っ。何言ってんだ。……今、調べてるから……」
たしか、BIG Hは、最近若者の間で話題になっている店だ。派手で、軽く、無節操に人気のジャンルを取り入れて急成長してきた店だが、裏腹にいい噂は聞かない。もちろん、そんな噂について、スイが知らないはずがない。
スイの電話の相手はそんな場所に何の関係があるんだろうか。相手がそこへ行こうとしているのをスイが止めている。そんな風に見える。
「おい。待てって」
スイの静止を聞かず、電話は切れたようだった。
「……あの。バカ……っ」
切れたスマートフォンを見つめてスイが呟く。しばらくはリダイヤルをしていたけれど、繋がりはしなかったようだ。と、言うよりも、コールすらしていないようだ。
「ごめん。シロ君。俺、行かないといけなくなった」
電話をかけることを諦めたのか、くるり。と、振り返ってスイが言う。表情には明らかな焦りの色。何があったのかと、問いかける前にスイは扉に向かって走り出す。
「シムさん。ツケといて」
「あいよ」
引き留める気も、問いただす気もなさそうなのんびりとしたシムの返事と同時に扉は開き、スイは屋外へと飛び出した。何もできないままそれを見送って、一息。出遅れた感は否めないが、スイの姿を追って、シロも外へ走りだした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる