遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
102 / 414
FiLwT

人混みに探す誰か 2

しおりを挟む
 スイの会話に耳を傾けて、相槌を打ちながら、シロはふと、思い出していた。
 スイと出会ってもう、3・4年は経つだろうか。初めは祖父・壱狼の将棋仲間だと紹介された。もちろん、祖父の友人としては随分と若い彼を最初は不審に思っていた。
 彼が祖父の棋譜を誰かに伝えているのを知ってからは、祖父が祖母を裏切っている手助けをしていると、敵意すら持ったこともある。けれど、真実を知った後は、祖父が最期の時間を幸福に過ごせたのは彼のお陰だと感謝した。その感謝が、特別な感情に変わるのにさほど時間は要らなかった。
 彼は多くを語らないから、シロはスイのことをほぼ、何も知らない。情報屋をしていること、戸籍すら持たずに偽造IDで生活していること、何かから逃げるように転居を繰り返していること、その端正な横顔がいつもさみしそうなこと、5年ほど前にこの街にくる以前のことを知っているものは誰もいないこと、そして、それを詮索されるのを恐れていることくらいだ。

「……壱狼さんがさ……」

 今日のスイは饒舌だ。
 まるで、言葉を挟まれるのを恐れているように思える。
 祖父の墓所にいるときからおかしかった。その時は暗くて分かりづらかったのだが、涙の跡が残っていた気がする。
 何があったのか問いただしたい。
 けれど、聞けない。
 今日、何があったのか聞くことは、スイが知られたくないと敢えて口に出さない過去を聞くのと同義な気がしていた。そして、その場所に踏み込んでしまったら、スイが消えてしまうと、シロは半ば確信していた。
 たとえ、友人としてでもいい。それでスイを少しでも癒せるなら、ぬるま湯のような関係でいい。たとえ、それが自分自身でも、スイを傷つけるのなら許せない。
 だから、いつも、その一歩は踏み出せなかったし、これから先も踏み出すことはないと、シロは思う。

「……楽しかった。な」

 ふと、夢中で祖父の思い出話を語っていたスイの言葉が途切れた。

「壱狼さんも楽しいと思ってくれてたかな」

 また、あの、寂しそうな横顔。ここしばらくは見ていなかった顔だ。

 病院を紹介してほしいと頼まれた日、久しぶりにスイの顔を見て、シロは愕然とした。元々、スイは一方的にシロに頼み事をするようなことはない。大抵の場合は双方に有益な等価交換ばかりだ。スイは借りてばかり、と言っているが、そのほとんどはシロが勝手にしていることで、スイが強請るようなことはない。
 それだけでも驚いた。
 けれど、シロが本当に驚いたのはそこではなかった。

「シロ君も、楽しんでる?」

 柔らかく微笑むスイ。
 けれど、この笑顔とは違う。
 小鳥遊秋生。弟の冬生。二人のことを話すとき、フィルターを通して薄まったようだった表情に鮮やかな色がのる。

「ああ。スイさんといると、何してても楽しいよ」

 本当は苦しかった。いつもそばにいることを望まれていないと分かってしまうことも。固く閉ざされた彼の心の扉を開く勇気も、権利も自分にはないことも。冗談のようにしか伝えられない想いも。いつか、スイがいなくなると漠然と感じる恐怖も。
 それでも、誰一人として、そこに立ち入ることができるものがいなかったから、耐えられた。

「シロ君は優しいな」

 今。扉は開きかけている。
 でも、その先に行けるのは、自分ではない。

 シロは思う。
 踏み出さなかったのは自分の弱さだ。スイを傷つけたくないと言い訳して、本当は失うのが怖かっただけだ。だから、負け犬の自分はしっぽを巻いて退散するしかない。
 扉を開けてその先に進むのはきっと、あの二人なのだろう。
 わかってはいる。それでも、耐えられるかどうか、シロにはわからない。
 スイが幸せそうにしていてくれるならともかく、こんな顔をさせる相手に渡したくない。

「優しくなんてねえよ」

 このまま、返さずに。
 と、暗い思いが湧き上がってきた、その時だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...