遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

人混みに探す誰か 1

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 ◇成都:志狼◇

 それは、成都という名のバーだった。
 県下最大の歓楽街・輝夜町からほど近い場所にある小さな店だ。名前の由来は店主の出身地らしいが、別に中華風というわけでもなく、シンプルで洗練されたモノトーンの内装で、カウンターのほかにテーブル席が二つあるだけだった。
 店内には静かにジャズが流れ、酒と会話を目当てに客はやってくる。
 と、いうのが表向きの顔。
 もう一つの顔は、情報の仲買、情報屋の斡旋、情報屋同士の交流や取次の場だ。シロにとっては、あまり馴染みがないが、彼が身を置く川和組と菱川興業の勢力圏の中間部にあるその場所の名前くらいは知っている。情報を求めるハウンドの庇護下にあること、彼らのような反社会組織にも有益なことも手伝って、そこは侵さざるべき中立地帯として微妙な均衡の上にいた。

「輝夜町が近いわりに、静かなところだな」

 カウンター席に並んで座って、スイが入れているボトルの国産ウイスキーに一口、口をつけて、シロは言った。

「だろ?」

 グラスの口をくるくると細い指先で弄びながらスイが答える。視線は手元を見ているようでもあり、もっと遠くを見ているようでもある。表情はあまり冴えない。隠してはいるけれど、目の下に隈ができているし、先日あったときより細くなっている気がした。

「騒がしいのとか、めんどくさいのとか来なくて落ち着く」

 ふと見せる暗い表情を隠すような笑顔に、無理に作った明るい声に、距離を感じて、胸が詰まる。辛いなら隠さないでほしい、頼ってほしいと思うけれど、スイに不快な思いをさせることなくそれを伝える方法をシロは知らなかった。

「酒もいいの、揃えてるしな」

 その視線がちら。と、カウンターでグラスを拭いていた店主を見た。

「褒めてもボトル代はまけへんで?」

 中国出身(自己申告なので真偽は定かではない)らしい店主は何故か関西弁を使い、細身でしなやかな肢体の猫のような男だった。さらには髪も瞳も金色という、恐ろしく目立つ容姿を持っている。そのくせ、客の会話の邪魔にならないように一歩引いているときには、驚くほどに気配が消える不思議な人物だった。
 本人も情報屋をしていて、スイとは馴染みが深いらしい。

「期待してないよ。シムさんまけてくれたことないだろ?」

 くすり。と、小さく笑って、スイが言った。
 あまり、見たことがない表情だ。

「そう言えば、一度だけ壱狼さんも連れてきたことあったな……」
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