遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
99 / 414
FiLwT

さよなら。と 3

しおりを挟む
 ◇墓所:翡翠◇

 見上げた空は暗かった。今日は月が出ていない。出ていても雲に遮られていたかもしれない。雲に隙間はあるけれど、都会の空には星なんてない。薄く霞んだ空は黒ではなく濃い灰色だ。深く冴えた黒ではなく、すべての色の絵具を混ぜて、最後の黒になる寸前の灰色だ。
 そんな空を何とはなしに眺めていると、まるで自分の内側を見ているようで、それが堪らなく醜く見えて、醜くて誰にも顧みられないのが哀れに思えて、涙が溢れて来る。
 街の中心地から少しばかり離れた高台にスイはいた。星とは対象的に街のネオンは眩く光っている。ごちゃごちゃと騒がしいそれは、今のスイには煩わしい。けれど、他に行こうと思える場所がスイにはなかった。

 二人の部屋を出た後、スイは自室には戻らなかった。夜中にアキが帰って来るのに気付きたくなかったからだ。これ以上、聞きたくないものを聞くのが嫌だった。
 以前と同じようにキープの部屋は何部屋か用意してある。そのどれかに行けばいいとも思えなかった。身体が疲弊しきっていて、落ち着ける場所にいたら眠ってしまいそうだったから。眠ってしまって、また、あの夢を見たら、壊れてしまいそうで怖かった。

 だから、ここで、ただ、空を見ていた。冷たい外気が肌に突き刺さるようだ。逃げ出すように飛び出してきたから、部屋着のままの肩が震える。
 そこは小高い丘いっぱいに広がる霊園だ。

「壱狼さん……」

 歳の離れた友人の名を呼ぶ。彼もスイがこの5年間で心を許した数少ない人物の一人だった。といっても、今はこの世にいない。
 彼の立場から考えると驚くほど質素な墓は彼がただ一人愛した人の住む場所の方を向いている。生きているうちに結ばれなかった人への彼の精一杯の愛情表現だ。
 なにも話さなくても、祖父と孫ほど歳が離れていても、快活に笑って友人だと言ってくれた姿を思い出す。こんなとき、こんな情けない姿を見せられる相手なんて、他にいなかった。

「俺はどうしたらいい?」

 アキが。ユキが。スイの致命傷になる質問をしたのは、恐らく申し合わせたわけではない。

 人混みの中に負の期待感を込めてその人を探す癖。待っているわけではない。できることなら会いたくはない。けれど、きっと、その人は自分を見つけ出すと、見つけ出してしまうと確信している。その人は、否、その男はそういう男だ。
 その日が来るのが堪らなく怖い。本当に人ごみの中にその男を見つけたなら、叫んで逃げ出すか、竦んで動けなくなるか、分からない。どちらだったとしても、逃げおおせる気がしない。

「どうして……放っておいてくれないんだよ」

 二人に出会ってから、ここ数カ月のことが次々と溢れてきて止まらなかった。思い出すとまた、涙が出た。
 その涙を手の甲で拭う。
 随分、涙腺が緩くなってる。
 歳かな。とは、思わなかった。きっと、誰かを好きになるというのは、こういうことなのだと思う。思ったら、なんとなく納得できた。
 恋と呼ぶには幼稚な感情なのかもしれない。でなければ、アキとユキどちらに対しても同じ様に同じ感情になるはずがない。二人が、自分以外の誰かといるのが辛い。それが、恋愛対象になる相手なら、なおさらだ。それがどのくらい身勝手なのかもわかっているし、身の程知らずにもほどがあると思う。

「最悪だ……」

 自分のことは理解している。
 もう、若くもないし。綺麗でも、美しくもない。それ以前に女ですらない。いや、女である必要はないのかもしれないが、アキとユキの持ち帰ってくる”残り香”のことを考えると、女性であることが望ましいのは間違いない。
 一方、スイが自信を持てることと言ったら、PCのスキルくらいだ。

「就職の面接かよ」

 むしろ、そうだったら、自分に合わなかったと諦めることもできるのに。スイは思う。この思いをなかったことにするにはスイはもう、二人を好きになりすぎていた。
 涙が零れた頬が冷たい風に吹かれて凍り付くようだ。それでも、他にどこかへ行こうかと考えられない。

「……馬鹿みたいだ」

 呟いて、友人の墓の前に座り込む。
 客観的に見て自分とあの二人では釣り合いがとれるはずがない。年齢も、容姿も、性格も。どれをとっても二人ともその辺にいくらでも転がっている自称イケメンとはレベルが違う。
 それでも、いや、だからこそ、好きになってしまったのだと、わかってはいる。友達として。だとは、理解してはいるけれど、優しくされたのが嬉しくて、心を許せるのが心地よくて、近づきすぎてしまった不用意な自分に嫌気がさす。

『お前は絶対に幸せにはなれない』

 そう。言われたのだと、スイは忘れていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...