遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

ダメだ。だめだ。だめだ。4

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「ごめん。そんなつもりじゃなくて。スイさんが近くて嬉しいってこと」

 だから、気付いた。
 これが、きっと、嫉妬だ。

「寝る前にスイさんの顔見れるの嬉しい」

 酔っているのか上気する頬にいっぱいの笑顔。眩しくて直視できない。
 その髪を撫でで、その胸に飛び込んで、嫌だったことはすべて忘れたい。そんな衝動。

 何考えているんだ。

 スイは思う。そんなことを考えてしまったことが途轍もなく悪いことのような気がする。

 絶対に気付かれたくない。気づかれちゃだめだ。

 自分には嫉妬するような権利はない。ユキは数えたら恥ずかしくなるくらい年下で、友達で、仕事仲間で。それから。

 それから。
 なんだろう。

 嫌われたくない。鬱陶しいと思われたくない。おっさんのくせに気持ち悪いとか思われたら、立ち直れそうにない。

「スイさん? どうしたの?」

 まっすぐな黒い瞳。男らしい精悍な顔つきに残る少年のような笑顔。子犬のような無邪気な性格と裏腹に鍛えられた身体と思わず見とれてしまうような戦闘能力。子供っぽい我儘やストレートな感情表現の隙間に見せる何もかも見透かしたような包容力。
 仕草の一つ一つを思い出すだけで、心の底からなにか熱いものがこみ上げてくる。それが、胸の中にいっぱいに溜まって、溢れそうなのに閉じ込められて溢れられなくて、暴れている。そんな感覚。

「……ユキ……くん」

 暴れまわった感情が口から零れ落ちそうになったその時、その襟もとに微かに赤い口紅の跡を見つけて、スイは顔を伏せた。きっと、これも、アキが纏って帰ってくる香りもおそらくは特定の人にはなり切れない女性たちの牽制なのだろう。この魅力的な男を独占したい。その思いを、せめて香りで残す。
 けれど、アキもユキもその思いには気付かない。だから、そのまま帰ってくる。そして、本来受け取らなくていいはずのスイだけが、それに気づいて、無意味な痛みを感じる。

 論外。

 と、はっきりと言われている気がした。

「あ……の、も、部屋戻るな」

 痛みが耐えがたいものになる前に、スイはユキに背を向けた。みっともない顔を見せたくはなかったし、気づいてしまった自分自身の想いにスイ自身戸惑っていたから。
 こんな年下のしかも同性にこんな想いを持つなんて思っても見なかった。

「え? ちょっと、待ってよ」

 その腕をユキが掴む。

「折角、顔見れたんだから、少し話しよ?」

 覗き込んでくる視線から逃れるように顔を背ける。見透かされそうで怖かった。

「話? ……は。はは。ユキ君。酒臭い。どうせ、話したって明日忘れてるんじゃないの? 俺、その……連絡しないといけないところあって。時間、遅くなると悪いから」

 頭は上手く働いてくれなかったから、思いついたのはそんな嘘だった。いや、完全に嘘というわけでもない。ニコに中間報告をするつもりではいた。けれど、電話で連絡するつもりはなかったし、学校では生徒会役員でありながら、情報屋なんて胡散臭いマネをしている似非優等生のニコなら何時に連絡したところで問題はない。ただ、真実が混ざっていたから、口をついただけだ。

「まだ、そんな遅い時間じゃないじゃん」

 けれど、そんな些細な嘘にユキは表情を変えた。
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