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FiLwT
ダメだ。だめだ。だめだ。3
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かつ。かつ。
不意に玄関のドア越しに聞こえた靴音。
二人分だ。
靴の種類や、足のサイズ、体格、歩き方の癖から、その音の違いをスイの耳は正確に聞き分けた。一人はユキ。気に入っていつも履いているスニーカーの静かな靴音。それから、もう一人は高い靴音。きっと、ハイヒールの音だ。
まずい。と。思うよりさきに、嫌だ。と、思う。
並んで歩いていると思われる足音を聞きたくなくて、ソファの間に座り込んで耳を塞ぐ。ヘッドホンを持ってきていればよかったと後悔した。
塞いだ指の隙間から、笑いあう声。スイの好きなユキの低い声。それから、誰かもわからない女の声。
聞きたくない。
聞きたくないのに、子猫が鳴くような女性の声が耳について離れない。嫌で、嫌で。吐きそうになって蹲る。
しばらく、そのまま話をしてから、女性の方が別れを告げて靴音が遠ざかって行くのが聞こえる。
わけもなく、ほっとした。でも、このままここにいたら、ユキの顔を見なければいけないことに気付いた。
どうしよう。と、思うけれど、こんな時には全く頭は働いてくれない。仕事をするとき、スイの頭はもう少し性能がいいはずなのに、アキやユキのことになると、まるで型遅れのPCのように固まったまま動かなくなってしまう。パニックになっている間に、エントランスのドアが開いて、閉まる。
それから、聞きなれた足音が近づいてくる。
リビングのドアを開ける音。ソファの間に蹲ったまま、スイは立ち上がれずにいた。
「はー」
心底疲れていると言ったため息がユキの口から洩れる。それから、がしがしと頭をかきむしるような音。
「くそ……っ」
すごくイライラしているのが分かる。息を殺して、スイはその音を聞いていた。
ユキがコートを脱いで、ソファに放り投げる。そこから香るメンソールのタバコの匂い。ユキはメンソールは吸わない。誰の移り香なのか、考えるとまた吐き気がした。
「まだ、起きてるよな」
呟いてユキはスマートフォンに何かを打ち込んでいた。
ぴんぽん。
突然鳴り響いたLINEの着信音にびくりと身体が震える。
「え? あ。スイさん……なにやってんの?」
ソファの隙間にスイを見つけて、ユキが驚きを隠せないと言った表情を浮かべている。
「……あ。いや。その……ユキ君。帰ってきたから、驚かそうかと……思って」
しどろもどろになってどうにか答えると、ユキがくすりと笑う。
「意外と子供みたいなことするんだ」
さっきまでは、完全にイライラしていた様子だったのに、笑顔が優しい。
「悪かったな。子供で」
別に子供みたいだと言われて腹が立ったわけではない。見ず知らずのヤロウに言われれば腹が立つ童顔のことも、ユキに言われるなら、笑い話にできる。ユキの隣に立つとき、少しでも釣り合いがとれるように見えるならそれもいいとすら思う。
だから、拗ねたような言い方になったのは、そんな些細なことを気にしている自分が虚しかったからだ。少しくらい若く見えたからと言って、さっきの女の人のようにはなれない。特別な『友人』にはなれても、たとえ一夜限りだとしてもそういう相手にはなれない。
そんなことわざわざ再確認しなくても分かっているはずなのに、明確な形を持った途端にそれは質量を増して心の底に重く圧し掛かってくるようだった。
不意に玄関のドア越しに聞こえた靴音。
二人分だ。
靴の種類や、足のサイズ、体格、歩き方の癖から、その音の違いをスイの耳は正確に聞き分けた。一人はユキ。気に入っていつも履いているスニーカーの静かな靴音。それから、もう一人は高い靴音。きっと、ハイヒールの音だ。
まずい。と。思うよりさきに、嫌だ。と、思う。
並んで歩いていると思われる足音を聞きたくなくて、ソファの間に座り込んで耳を塞ぐ。ヘッドホンを持ってきていればよかったと後悔した。
塞いだ指の隙間から、笑いあう声。スイの好きなユキの低い声。それから、誰かもわからない女の声。
聞きたくない。
聞きたくないのに、子猫が鳴くような女性の声が耳について離れない。嫌で、嫌で。吐きそうになって蹲る。
しばらく、そのまま話をしてから、女性の方が別れを告げて靴音が遠ざかって行くのが聞こえる。
わけもなく、ほっとした。でも、このままここにいたら、ユキの顔を見なければいけないことに気付いた。
どうしよう。と、思うけれど、こんな時には全く頭は働いてくれない。仕事をするとき、スイの頭はもう少し性能がいいはずなのに、アキやユキのことになると、まるで型遅れのPCのように固まったまま動かなくなってしまう。パニックになっている間に、エントランスのドアが開いて、閉まる。
それから、聞きなれた足音が近づいてくる。
リビングのドアを開ける音。ソファの間に蹲ったまま、スイは立ち上がれずにいた。
「はー」
心底疲れていると言ったため息がユキの口から洩れる。それから、がしがしと頭をかきむしるような音。
「くそ……っ」
すごくイライラしているのが分かる。息を殺して、スイはその音を聞いていた。
ユキがコートを脱いで、ソファに放り投げる。そこから香るメンソールのタバコの匂い。ユキはメンソールは吸わない。誰の移り香なのか、考えるとまた吐き気がした。
「まだ、起きてるよな」
呟いてユキはスマートフォンに何かを打ち込んでいた。
ぴんぽん。
突然鳴り響いたLINEの着信音にびくりと身体が震える。
「え? あ。スイさん……なにやってんの?」
ソファの隙間にスイを見つけて、ユキが驚きを隠せないと言った表情を浮かべている。
「……あ。いや。その……ユキ君。帰ってきたから、驚かそうかと……思って」
しどろもどろになってどうにか答えると、ユキがくすりと笑う。
「意外と子供みたいなことするんだ」
さっきまでは、完全にイライラしていた様子だったのに、笑顔が優しい。
「悪かったな。子供で」
別に子供みたいだと言われて腹が立ったわけではない。見ず知らずのヤロウに言われれば腹が立つ童顔のことも、ユキに言われるなら、笑い話にできる。ユキの隣に立つとき、少しでも釣り合いがとれるように見えるならそれもいいとすら思う。
だから、拗ねたような言い方になったのは、そんな些細なことを気にしている自分が虚しかったからだ。少しくらい若く見えたからと言って、さっきの女の人のようにはなれない。特別な『友人』にはなれても、たとえ一夜限りだとしてもそういう相手にはなれない。
そんなことわざわざ再確認しなくても分かっているはずなのに、明確な形を持った途端にそれは質量を増して心の底に重く圧し掛かってくるようだった。
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