遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

ダメだ。だめだ。だめだ。2

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 部屋に戻ったスイはすぐにニコに依頼された調査に取り掛かっていた。幸い現在スイの「調べもの」の能力を使わなければいけない案件がほかになかったからだ。
 その上、アキもユキもどこかへ出かけているようで部屋にはいなかった。二人とも、連絡を入れても返事がない。
 独断にはなってしまうけれど、調査だけならしたとしても、二人に迷惑も、負担もかけずに済むから。と、言い訳でもするようにスイはPCに向かった。もちろん、一刻を争うかもしれないから。という思いもある。時間をかければ、かけるほど、ニコの友人が安全でいられる確率は低下する。
 もう、手遅れかも。と、スイは頭の中ではその確率の計算まではじめている。クライアントの心情をスイが忖度する必要はないからだ。たまたま、クライアントが知り合いだったから、僅かな焦りがあったけれど、ターゲットの現時点での安全をスイが保証しなければいけないいわれはない。

 けれど、すぐに調査を始めたのにはもう一つ理由があった。

「また……女の子のとこ?」

 ノートPCを閉じて天井を見上げる。呟きはスイ自身の耳にもとどいてはいない。完全に無意識だ。
 何もしないでいると、今はここにいない二人のことを考えてしまう。スイには何も言わずにどこに行っているのか、気になって仕方ない。そして、それを詮索することがとても浅ましいことのように思えて、いたたまれない。

「だれと……一緒にいんの?」

 ため息交じりの呟きに答えるものはもちろんいない。
 合鍵を使って入った二人の部屋のソファセットとローテーブルの間に座って、腿の上にノートPCを乗せて目を閉じた。二人の部屋とは左右対称の間取りのスイの部屋にはハイスペックのPCを置いた仕事部屋もある。けれど、ここにいるのは二人が帰って来たとき時すぐに今日の依頼の件について話せるのように。だ。と、言い訳がましく考える。

 けれど、それも本当の理由とは違う。

 二人に断りもなく調査を始めたことも、わざわざ二人の部屋で仕事をしているのも、理由は同じ。自室に一人籠って仕事をしたくなかったからだ。一人になると、嫌なことばかりが思い出されるからだ。

 他人の感情に疎いスイでも、あのN駅前での待ち合わせ以来。3人の関係が変化していることには、さすがに気付いている。

 アキはスイに触れることに、それがたとえほんのわずかに肩を叩くことでさえ躊躇するようになった。それと比例するように出かけたまま深夜まで帰らない日が増えた。そうして帰ってくるといつも違う香水の匂い。それに気づきたくなくて、たとえ、ユキがいたとしても遅くまで二人の部屋にいることはなくなった。

 ユキは何かを言いかけて言葉を飲み込むことが多くなった。それから、意識的なのか無意識なのか、スイとの身体の接触を避けているように見えた。アキと同じように部屋を開けることが増えたし、大抵強くないはずの酒を飲んで帰ってくる。酔っているときは普段の反動のように甘えてくれるけれど、酒の匂いに交じって、やはり微かに化粧品の匂いがした。化粧品の残り香がするほど近くに誰がいたのか、どうしても考えてしまう。

 スイは二人がどこで何をしているかが気になってしかたなくなった。彼らが女性と、いや。それが男性だったとしたら、なおさら、特別な関係にあると思うと、灼け付くような痛みが湧き上がる。それが何を意味しているのか、普通なら知りたいと思うかもしれない。
 けれど、そんなことも考えられないくらいにスイは疲弊しきっていた。毎晩のように夢を見る。その度に悲鳴を上げて目を覚ます。目覚めると現実と夢の境が分からなくなって、取り乱して、トイレに駆け込む。怖くて、助けてほしくて、家を飛び出して、二人の部屋の前に立って、ドアノブに手をかけて、けれど、開けることはできなくて、自分の部屋に逃げ帰って、震えながら朝を待つ。そして、そのすべてを話すことできないから、昼は涙の跡に気付かれないように俯いて、仕事のペースを落とさないように努めた。
 とにかく、二人を煩わせたくなかった。
 自分といることを負担に思ってほしくない。ずっとそばにいたい。友達で。いたい。

 そんなことを、繰り返し繰り返し考えてしまうから、自分の部屋に戻るのが嫌だった。
 二人がいつもいるこの場所なら、優しくて、楽しくて、幸せな記憶が、少しだけスイの心を癒してくれる。早く帰らないといけないと思いつつもいつまでもここにいる理由はそこにあった。

 かつ。かつ。
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