遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

制服の情報屋 3

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「私の友達。いなくなったの。でも、誰も探してない。警察どころか、両親でさえ。その子のうちに行ったら、彼女のママ。目を真っ赤に腫らして、真っ青な顔して、目の下に隈まで作っているのに、あの子は留学することになった。っていうんだよ? 調べてみたけど、学校は自主退学になってた」

 一息にそこまで話してから、また、カバンからピンク色の小さなポーチを取り出し、その中からさらに小さなビニール制の小袋をだして、スイに渡した。袋は透明ではないから中身は外から確認できない。確認できなくしてあるのは、多分、わざとだ。

「これ。あの子の部屋で見つけた。あの子のカバンの教科書の間に挟まってたの。泥棒になっちゃうけど、何か手がかりが欲しくて。だってね。調べても、学校では何も情報が上がってこなくて。派手な子じゃなかったし、いつも、教室の端で本を読んでいるような大人しい子だったの。だから、何かあったら目立つはずなのに、何も手がかりがなくて」

 まるで言い訳するようにニコが言う。もちろん、スイは彼女を責めるつもりなんてない。この程度の窃盗でとやかく言えるほどお綺麗な人生をスイだっておくってきてはいない。
 憶測になるが、こちらの中身はこんな場所で開いてみるようなものではないだろう。ビニールの上から触れただけで、それが何か錠剤のようなものだと分かる。
 だとすると、中身は禁止薬物の類のものだろう。

「『メディスン』って呼ばれてる。今、中高生に流行ってるヤツだと思う。みたことあるから。最近、うちの学校にも増えてる。薬のことはスイちゃんの方が詳しいと思うけど」

 確かに、ドラッグの情報についてはスイの方が専門分野だ。『メディスン』は、粗悪なドラッグで、中毒性も依存度もそれほど高くはないが、安価なせいもあってか最近中高生が飲酒や喫煙感覚で手を出すことが問題となっている。
 警察はその摘発に躍起になっているのだが、販売元は先に使用した中高生に、薬を安く提供するのと引き換えに、売人として薬を拡散させているため、性質が悪い。しかも海外のオークションサイトを使って商品を受け渡しし、販売元の身元を知るものは皆無。いくら売人を捕まえても、どんどん新しい売人を増やして補填されてしまって、いたちごっこのような状態になっていた。
 県内で一番のお嬢様学校の一般生徒ですら手に入れられるということは、もっと普通の高校ではかなりの量が流通しているとかんがえていいと思う。

「これが、関係してるなら、本当は私が探したいけど、学校であんまり無理には動けないし……。無理して探し出しても、私じゃ多分連れ戻せない。
 だから、お願い」

 状況が芳しくないことくらいは、彼女にもわかっているだろう。連れ去ったのだとしても、彼女が自主的にそいつらのところへ出向いたのだとしても、この類の薬を扱う連中が女子高生一人を何もせずに拘束しているはずがない。しかも、彼女の両親が口を噤まされているのだとしたら、まともな相手ではない。警察に通報していないのだとしたら、裏社会の組織。警察に通報しているのだとしたら、警察庁もしくは、それ以上の組織。どちらにしても、一介の女子高生が相手にできるはずがない。
 だからこそ、スイに相談したのだ。

「ん。わかった。調べてみる」

 スイの言葉にニコの顔が明るくなる。けれど、スイ自身も分かっている。

「でも……わかってるな? 俺たちもプロだ。不可能なことは不可能だと断ることもあるぞ?」

 非情でなければならないなんて、言ってから恥ずかしくなるようなセリフを吐くわけではないけれど、ニコを放っておけないと言って、仲間を危険に晒すわけにはいかない。

「わかってる。でも、せめて、ミナがどうなったか知りたい」

 こくり。と、苦しそうな顔で頷いてからニコが言った。ミナとは写真の裏に書かれた彼女の友人の名前だ。
 情報屋なんて、人の秘密を暴く仕事をしていて、好奇心とか知識欲とかほかの人より旺盛なのはわかっている。けれど、彼女の切ない欲求は決して好奇心ではない。無事であってほしい。たとえ0.1%以下でも望みがあるなら帰ってほしい。そう思わずにはいられないのだろう。

「わかってるならいい。とにかく、まず調べてから連絡する。いつのもアドレスでいいか?」

「ん。お金はスイちゃんの口座でいい?」

 彼女の言葉に頷いて答える。調べるだけなら、アキやユキの手は借りなくて済むから、対価は情報でいいのだけれど、連れ戻したいとなると話は別だ。スイにもプロとしてのプライドがあるし、危険度も低いとは言えない。さらには、ニコが金銭に全く関心がなく、依頼人からの報酬に殆ど手を付けていないことも知っていた。だから、受け取りを拒否する選択肢はなかった。

「ありがと。じゃ、私行くね。塾始まっちゃうから」

 ひらり。と、今時にしては長いスカートを翻して、彼女は背を向けた。

「ねえ。スイちゃん」

 けれど、立ち止まって、振り返りもせずに、言う。喧騒にかき消えてしまいそうなか細い声だった。

「ん?」

「ミナ。生きてると……んーん。何でもない。じゃね」

 言いかけた言葉を、首を振って打ち消して、彼女は駆け出した。重苦しい別れとは裏腹の軽やかな足取りだった。
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