遠くて近い世界で

司書Y

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制服の情報屋 1

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 ◇ふたたびN駅前:翡翠◇

 ふたたび、N駅前。
 街は相変わらず喧騒に包まれていた。温かな防寒具に身を包んだ人々の殆どは少し数を減らしたイルミネーションのことなど、あったかどうかも気付いてないと言った様子で足早に通り過ぎていく。
 それもそのはず。今日の混雑は通勤ラッシュで、数日後には撤去される予定の終わりかけのイルミネーションになど、興味がないからだ。自分でも見上げないだろうな。と思う。こんな寒い日は早く家に帰って、大切な誰かと過ごしたい。
 何もなければ、スイだってアキやユキと鍋でも囲んでいたことだろう。

 一か月と同じく植え込みに座って、スイは人を待っていた。今日もまた、この場所で待ち合わせだ。ただし、待ち合わせの相手は別の人物である。
 植え込みに座ってぼーっと人混みを眺めるのも、先日と同じだ。

 けれど、気持ちはあの日と全く違っていた。
 あの日は、ふわふわ。と、なんだか浮かんでいるような、そんな気持ちだった。少し覚束ないけれど、心地よくて、アキの姿が人混みから見えるのが待ち遠しかった。
 それなのに、たった一か月間で、スイの気持ちは全く別のものになってしまった。人混みが怖い。毎日のように見る過去の夢のせいで、今にもその人混みの中から恐れているその人が現れそうで、何度も周囲を確認した。

「だ~れだ?」

 不意に後ろから目隠しをされた。
 いや、目隠しされる前に後ろに立たれているのには気付いていた。人混みの中にその人物を探す癖。その癖のせいで、人混みの中に混ざる自分への興味や関心にスイは敏感だ。
 考え事をしていても、頭の一部は必ず外に意識を向けている。だから、考え事に夢中になっていて接近を許したとかそういう話ではない。ただ、後ろに立った人物が待ち合わせの相手だと分かっていたから放っておいただけだ。

「ニコ」

 相手の名前(本名ではない)を、ストレートに答えると、す。と、その手がスイの顔から離れる。

「つまんない」

 振り返ると、そこにはN駅からは少し離れた場所にある某超有名お嬢様女子高の制服を着た少女が立っていた。ふくれっ面で。である。

「スイちゃん彼女いないでしょ」

 まだ幼さが残る少しツリ目気味の大きな瞳に、主張しない小ぶりな鼻とリップクリームすらつけていないのに艶のいい唇。制服は少しも乱れがなく、指定されたそのままなのに彼女が着ているとやぼったい感じが全くないのが不思議だ。清楚というのがぴったりくる真っすぐで真っ黒な髪を背中まで伸ばした彼女は美少女と言って差し支えない。

「いないよ。知ってるだろ」

 ひらひら。と、手を振って言うと、しってた。と、彼女は少女特有のころころ。と、通りのいい声で笑った。

「相変わらず地味だねぇ。見つけるの一苦労」

 独りで人混みに立つのが怖くて、今日のスイはいつもと同じ完全装備だった。キャップを目深にかぶって、その上からフードまでかぶっている。さらには目立たないように、道端の石です。とでもいうように、背中を丸めて小さくなっていた。そうして俯いてスマホを弄っていれば、大抵は誰にも声をかけられたりしない。
 それでも声をかけてくるのは、彼女が待ち合わせの相手だからだ。

「せめて帽子とってよ」

 普段、殆ど街中をうろつくことがないスイだが、仕方なくここに来ることがある。それは、彼女に呼び出されたときだ。有名お嬢様女子高の子が街中でふらふら歩いていては角が立つから、彼女の通う塾があるこの場所を待ち合わせ場所にしている。
 もちろん。と、言うと角が立つかもしれないが、彼女はスイにとって色気のある話の対象ではない。彼女は現在17歳。手を出したら犯罪になるほどの歳の差だ。何より、スイにはそもそも恋愛をしようという気が全くない。
 だから、彼女と会っているのには別の意味がある。
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