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FiLwT
残り香と呪い 3
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「どこ……いったんだよ」
思わず呟く。
自分のことは話せないくせに、そんなことを知りたがっている自分が浅ましく思えてスイは膝に顔を伏せた。
「……だれと……いんの?」
けれど、思ってしまう。
二人だって大人の男だ。友人だっているし、もちろん、彼女がいてもおかしくない。今まで女性の(女性に限定しなくても)影が見えなかったことが不思議なくらいだ。スイには詮索するような権利も、行かないでほしいと懇願する権利もない。
「……は」
そこまで考えて、スイは自分自身を嘲笑した。
「懇願って……なんだよ?」
二人と一緒にいたいと思っているのは紛れもない事実だ。二人といると楽しい。
でも、友達なら、友達に恋人ができたことを、羨ましいとか、少しは寂しいとか思っても、行かないでほしいとは思わないだろう。
「……変だよな」
こんなに親しい友人ができたことなどなかったから、距離感がおかしくなっているのだと、スイは思う。無知で経験不足の自分が恥ずかしい。
自分自身が思い通りにならなくて、それでも、二人のそばにいたくて、一人になるとスイは溜息ばかり零していた。
かしゃん。
と。小さな音が響く。
それは、聞きなれた音だった。二人の部屋の鍵が回された音。
どちらかが、帰って来たのだと気付く。ドアの外の足音には気付かなかったけれど、アキやユキなら、気配を殺して歩いてきているなら、気付かないことも不思議ではない。
心臓がどくん。と、大きく鳴る。
二人が帰ってくる前に帰るつもりだった。用もないのに部屋に入り浸っているのなんて知られたくない。けれど、逃げ場はないし、玄関には靴もあるから、隠れるのも無理だ。
「スイさん?」
玄関のドアが開いて、少しだけ間を置いてから、聞こえてきたのはアキの声だった。足音が近づいてきて、リビングのドアが開く。
「……あ。の。おかえり」
躊躇いがちな言葉に、一瞬だけ困惑した顔をしてから、アキはすぐにいつもの笑顔に戻った。
「ん。ただいま」
一瞬だけ見せた困惑の色が、胸に刺さる。きっと、うざいと思われている。そう思うと、次の言葉が出てこなくて、スイは俯いた。
「こんな時間まで仕事?」
外出用の手袋を取りながら、アキが問う。
「……や。えと。……ステレオ……こっちほうがいい音だから」
我ながら苦しい言い訳だな。と、スイは思う。けれど、IQ200は何故かこんな時には全く発揮されてはくれない。
「ああ。そか」
苦しい言い訳だったはずなのに、アキは追及してくることはなかった。気付いていないということはないと思う。アキはスイとは違って対人スキルはかなり高い。ちょっとした仕草や言葉の端から、人の心情を読んで交渉を進める能力は伊達ではないはずだ。
コートのボタンを外す横顔をそっと覗き見る。
「何聞いてたの?」
視線をコートに落としたまま、アキが訊ねる。何か、違和感。
「あ。うん。いろいろ」
咄嗟に出た、酷い答えにもアキは顔を上げない。
さっきから、アキは全くスイの顔を見ていない。
しかも、それは、意図しているように見えた。
「そか」
会話が途切れる。もしかして、本当に呆れられているんだろうか。と、不安になる。早く追い返したいから、適当に答えているのかもしれない。
「……あの。俺……か……」
かえる。と、言おうとした時だった。
アキが羽織っていたコートを脱いだ。その瞬間、ふわ。と、香る。女性用の香水の香り。それから、二人の家で使っているのとは違う、ボディソープの匂い。
それだけで、スイは理解した。他のことは考えても考えても答えなんて出なかったのに、何故だろう。それだけはわかった。
「……あ。うん。俺、そろそろ帰る。おやすみ」
だから、スイはアキに背を向けた。
「あ。スイさん」
呼び止めるアキの声に振り返ることはできなかった。
胃の上のあたりがずん。と、重くなって、言葉すら出てこなかった。
そのまま、スイは逃げ出すように二人の部屋を出た。
思わず呟く。
自分のことは話せないくせに、そんなことを知りたがっている自分が浅ましく思えてスイは膝に顔を伏せた。
「……だれと……いんの?」
けれど、思ってしまう。
二人だって大人の男だ。友人だっているし、もちろん、彼女がいてもおかしくない。今まで女性の(女性に限定しなくても)影が見えなかったことが不思議なくらいだ。スイには詮索するような権利も、行かないでほしいと懇願する権利もない。
「……は」
そこまで考えて、スイは自分自身を嘲笑した。
「懇願って……なんだよ?」
二人と一緒にいたいと思っているのは紛れもない事実だ。二人といると楽しい。
でも、友達なら、友達に恋人ができたことを、羨ましいとか、少しは寂しいとか思っても、行かないでほしいとは思わないだろう。
「……変だよな」
こんなに親しい友人ができたことなどなかったから、距離感がおかしくなっているのだと、スイは思う。無知で経験不足の自分が恥ずかしい。
自分自身が思い通りにならなくて、それでも、二人のそばにいたくて、一人になるとスイは溜息ばかり零していた。
かしゃん。
と。小さな音が響く。
それは、聞きなれた音だった。二人の部屋の鍵が回された音。
どちらかが、帰って来たのだと気付く。ドアの外の足音には気付かなかったけれど、アキやユキなら、気配を殺して歩いてきているなら、気付かないことも不思議ではない。
心臓がどくん。と、大きく鳴る。
二人が帰ってくる前に帰るつもりだった。用もないのに部屋に入り浸っているのなんて知られたくない。けれど、逃げ場はないし、玄関には靴もあるから、隠れるのも無理だ。
「スイさん?」
玄関のドアが開いて、少しだけ間を置いてから、聞こえてきたのはアキの声だった。足音が近づいてきて、リビングのドアが開く。
「……あ。の。おかえり」
躊躇いがちな言葉に、一瞬だけ困惑した顔をしてから、アキはすぐにいつもの笑顔に戻った。
「ん。ただいま」
一瞬だけ見せた困惑の色が、胸に刺さる。きっと、うざいと思われている。そう思うと、次の言葉が出てこなくて、スイは俯いた。
「こんな時間まで仕事?」
外出用の手袋を取りながら、アキが問う。
「……や。えと。……ステレオ……こっちほうがいい音だから」
我ながら苦しい言い訳だな。と、スイは思う。けれど、IQ200は何故かこんな時には全く発揮されてはくれない。
「ああ。そか」
苦しい言い訳だったはずなのに、アキは追及してくることはなかった。気付いていないということはないと思う。アキはスイとは違って対人スキルはかなり高い。ちょっとした仕草や言葉の端から、人の心情を読んで交渉を進める能力は伊達ではないはずだ。
コートのボタンを外す横顔をそっと覗き見る。
「何聞いてたの?」
視線をコートに落としたまま、アキが訊ねる。何か、違和感。
「あ。うん。いろいろ」
咄嗟に出た、酷い答えにもアキは顔を上げない。
さっきから、アキは全くスイの顔を見ていない。
しかも、それは、意図しているように見えた。
「そか」
会話が途切れる。もしかして、本当に呆れられているんだろうか。と、不安になる。早く追い返したいから、適当に答えているのかもしれない。
「……あの。俺……か……」
かえる。と、言おうとした時だった。
アキが羽織っていたコートを脱いだ。その瞬間、ふわ。と、香る。女性用の香水の香り。それから、二人の家で使っているのとは違う、ボディソープの匂い。
それだけで、スイは理解した。他のことは考えても考えても答えなんて出なかったのに、何故だろう。それだけはわかった。
「……あ。うん。俺、そろそろ帰る。おやすみ」
だから、スイはアキに背を向けた。
「あ。スイさん」
呼び止めるアキの声に振り返ることはできなかった。
胃の上のあたりがずん。と、重くなって、言葉すら出てこなかった。
そのまま、スイは逃げ出すように二人の部屋を出た。
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