遠くて近い世界で

司書Y

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残り香と呪い 2

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「ど……して」

 IQ200以上の天才児と、スイが幼い頃を過ごした施設の研究者は彼を評した。実際、学問に置いて理解できないことなんて、殆どなかったと思う。明確な答えがでるものには明確な答えを出すことができた。でも、そればかりを追求した反動なのか、人の感情のような1と0で表せないものを理解することが酷く苦手で、同世代の友達なんて、殆どできなかった。
 だから、スイにはアキがどんな気持ちであんな質問をしたのか、それにどう答えていいのかわからない。わからないことに焦燥感。呆れられたくない。

 けれど、それ以上に思う。

「話せるわけない……」

 話したいとは思う。問いの意図とか、何故今なのかとか、そんなことは関係なく、全部話すことができるなら、こんなふうに悩んだりしない。

「……泰斗……さ」

 口に出してからはっとして、スイは唇を噛んだ。頭を振って、浮かんでくるイメージをかき消そうとする。その名前はアキの質問に対する答えであると同時に、スイのトラウマの元凶だった。
 思い出したくないと思えば思うほど、その姿が鮮明に思い出される。思い出してしまうと、それだけで身体が震える。冷静ではいられなくなる。怖くて身が竦む。
 こんな思い出を誰かに語るなんて、想像もつかない。いや、最悪、どうでもいい相手ならいい。けれど、アキやユキには知られたくはない。知られたら、二人は離れて行ってしまうかもしれない。

 離れたくない。

 そんなふうに思ったのは、この街に来て5年間で初めてだった。

 アキに鍵を貰ってから、スイはほぼ毎日ここに通っている。毎日、朝食を作って二人を起こして、一緒に仕事をして、夕食を作ってやって風呂まで入ってお休みと言うまで、ずっと一緒にいるのだ。そんな近い距離にずっと誰かがいても、息苦しさを感じないのは初めてで、もちろん、自分からその距離を望んだのも初めてだ。
 何故、二人といるとそんなに居心地がいいのかわからない。
 けれど、二人といると独りでいるよりずっと楽に呼吸ができたし、気付かないほど自然に笑えた。止まってしまっていた時間がもう一度流れ始めた気がした。大袈裟に言うなら、もう一度、生まれなおして、生きなおしているような気がした。

 それなのに、あの日以来、うまく笑えなくなっている自分がいることにも、スイは気付いていた。本当のことを話せないのが酷く後ろめたいことのような気がして、つい、ぎこちない態度をとってしまう。そんなスイに嫌気がさしたのか、二人は家を空けることが多くなっていた。
 そして、夜、二人とも家を空けるときは決まって、言い訳するみたいに、饒舌になった。それなのに、行先については言葉を濁す。それが、とても、不快で。いや、切なくて、冗談でも行先を訪ねることがスイにはできなかった。
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