遠くて近い世界で

司書Y

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残り香と呪い 1

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 ◇小鳥遊兄弟の部屋:翡翠◇

 ステレオから流れている曲のは、とても悲しい恋の歌だった。幸せを分かち合いたい人が自分以外の人を選んでしまうことに気づいてしまった可愛そうな男の歌。
 タイトルは思い出せない。と、いうよりも、思い出そうとしていない。それどころか、流れているだけで聞いてすらいなかったかもしれない。
 それなのに、どうして、人間って失恋が嫌いなのに、失恋の歌は大ヒットするんだろうとぼーっとした頭で考える。

 自分と同じ境遇の人を見つけて安心したいんだろうな。

 と、考えてから、スイは、妙に納得した。

 アキとユキの部屋のソファセットのソファとテーブルの間の床に膝を抱えて、スイは座っていた。部屋の主は二人ともいない。
 仕事を終わらせたあと、どこかへ出かけてしまった。仕事とはいっても、簡単な事務仕事だけだったから、時間にも体力にも余裕がある。ましてや、二人とも若いのだから、遊びに出かけることくらいは普通のことだ。
 スイも、世間一般で言うなら決して枯れるような年齢ではないけれど、人付き合いが苦手で友人も多くない上に、極度の出不精なので、仕事以外のスケジュールが埋まっている日なんて殆どない。だから、意味もなく二人の部屋に入り浸って、ステレオから流れる曲を聴いていた。もちろん、ステレオくらいスイの部屋にもあるのだが、自室で一人になるのが嫌だった。ここで、二人といる楽しい時間の余韻に浸っていたい。けれど、結局それは、一人ぼっちの寂しさを増長しているだけのような気がする。

 N駅前で、アキと待ち合わせしたあの日からもうすぐ1か月。特に変わったことはなかった。表面的には。だが。
 あの日、あの後、焼肉に行ったけれど、折角の90分食べ放題は、殆ど無駄に終わった。元々小食なうえ、過去の記憶は食欲を減退させるにはもっとも効果的だったからだ。そのスイの代わりにユキはその筋肉しかついていない腹のどこにそんなに収まるのかというくらいに食っていたから、コストパフォーマンス的にはプラマイゼロと言ったところだろうか。
 アキは驚くほどいつも通りだった。いつも通りに話して、いつも通りに笑う。あんな会話があったと思えない。まるで自分だけが見ていた夢なんじゃないかと思えるほどだった。
 もしかしたら、アキの質問にはそこまで深い意味なんてなかったのかもしれない。そう思ってから、スイはそれならあんな意味不明の質問はしないと自分自身で否定した。

 人混みの中に、期待ではなく、恐れを持って誰かを探す癖。
 それに気づかれることすら稀だ。いままでに気付いた人はいない。
 そしてそれが、スイの全てを知るためのキーになっていること。
 アキはうすうすそれに気付いている。気付いていて、今まで聞かなかった。そして、今、それをスイに問うた。
 それがどんな意味を持つのか、考えても、答えが出ない。答えが出なくて、眠れない夜が増えた。
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