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FiLwT
触らないから 4
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◇駅前通り:翡翠◇
腕を引かれるままにスイはアキの後ろを歩いていた。向かっている先はもちろん、ユキが待っている焼き肉屋だ。N駅から3駅ほど離れた場所にあるそこへは、アキと合流してから、電車で行くはずだった。けれど、アキが電車に乗らずに無言で腕を引いている。
歩いていけない距離ではないけれど、もうユキとの待ち合わせ時間になるから。と、言いたいけれど、スイは何も言えずに歩いている。
アキの機嫌がものすごく悪いからだ。
綺麗な顔に表情は皆無。何を考えているかわからない赤い瞳は、ちら。とも、スイを見ない。
どうしてそんなふうに怒っているのかわからないから、謝ろうにも謝れないし、下手なことを言ってもっと怒らせたりはしたくない。だから、何も言えず、スイはアキに従って歩いていた。
シロもそうだが、アキもスイに対して声を荒げたことはない。もちろん、手を上げたこともない。アキはスイに何かを押し付けたりはしないし、スイだってアキの考え方を頭から否定したことは一度もない。
プライベートでも、仕事でも意見が対立することはあるが、冷静に話し合って譲り合ってうまくやってきた。やってきたつもりでいた。
でも、今、アキが何を怒っているのかスイにはわからなかった。
「ご……めん……」
聞こえないようにその背中に小さく呟く。
かなり特殊な状況で育ったうえに、信じていたものに手酷く裏切られて、ずっと心を閉ざしていたスイには、ほかの人が当たり前にしている相手への配慮の仕方がわからない。謝るのが正解なのか、そんなものを望まれているわけではないのか、わからない。
アキとユキに出会って、もう一度人を信じたいと思えるようになって、少しは変われた気でいた。でも、それは同時に二人を失いたくないという臆病な自分を作り出しただけなのかもしれない。アキが少し不機嫌なだけで、こんなにも不安だ。
わからないことだらけで、みっともない迷子のような自分が恥ずかしくて、消えてしまいたかった。
「あーっ」
突然、アキが声を上げて、立ち止まる。あまりに唐突な行動にスイは止まり切れずにその背中に突っ込んだ。
「な……なに?」
アキの背中に強かにぶつけた鼻を手で押さえながら、アキの顔を見上げると、そこにはもう、不機嫌な表情はなかった。
「ごめん。八つ当たりして」
スイのかぶっていたフードをそっと手で下ろして、アキが見つめてくる。まるで、すごく悪いことをして許しを請うときのような表情だ。
機嫌が悪かったのではないのだろうか。
スイは思う。
アキを怒らせたのは自分ではないのだろうか。だとしたら、どうしてあんなに不機嫌な顔をしていたんだろう。
「八つ当たり?」
首を傾げると、その手が頬を撫でる。さっき、シロが触った場所だ。
「俺たちより、あいつの方がスイさんのこと知ってるのが、やだったんだよ」
ふい。と、視線を逸らして、アキが言う。
確かに、シロとの出会いは四、五年前になるから、スイがシロのことで知っていることは多い。けれど、スイのことをシロがよく知っているかと言えば、少し違う。知られたくないことがたくさんありすぎて、スイは必要以上に自分のことを話さないようにしていた。
腕を引かれるままにスイはアキの後ろを歩いていた。向かっている先はもちろん、ユキが待っている焼き肉屋だ。N駅から3駅ほど離れた場所にあるそこへは、アキと合流してから、電車で行くはずだった。けれど、アキが電車に乗らずに無言で腕を引いている。
歩いていけない距離ではないけれど、もうユキとの待ち合わせ時間になるから。と、言いたいけれど、スイは何も言えずに歩いている。
アキの機嫌がものすごく悪いからだ。
綺麗な顔に表情は皆無。何を考えているかわからない赤い瞳は、ちら。とも、スイを見ない。
どうしてそんなふうに怒っているのかわからないから、謝ろうにも謝れないし、下手なことを言ってもっと怒らせたりはしたくない。だから、何も言えず、スイはアキに従って歩いていた。
シロもそうだが、アキもスイに対して声を荒げたことはない。もちろん、手を上げたこともない。アキはスイに何かを押し付けたりはしないし、スイだってアキの考え方を頭から否定したことは一度もない。
プライベートでも、仕事でも意見が対立することはあるが、冷静に話し合って譲り合ってうまくやってきた。やってきたつもりでいた。
でも、今、アキが何を怒っているのかスイにはわからなかった。
「ご……めん……」
聞こえないようにその背中に小さく呟く。
かなり特殊な状況で育ったうえに、信じていたものに手酷く裏切られて、ずっと心を閉ざしていたスイには、ほかの人が当たり前にしている相手への配慮の仕方がわからない。謝るのが正解なのか、そんなものを望まれているわけではないのか、わからない。
アキとユキに出会って、もう一度人を信じたいと思えるようになって、少しは変われた気でいた。でも、それは同時に二人を失いたくないという臆病な自分を作り出しただけなのかもしれない。アキが少し不機嫌なだけで、こんなにも不安だ。
わからないことだらけで、みっともない迷子のような自分が恥ずかしくて、消えてしまいたかった。
「あーっ」
突然、アキが声を上げて、立ち止まる。あまりに唐突な行動にスイは止まり切れずにその背中に突っ込んだ。
「な……なに?」
アキの背中に強かにぶつけた鼻を手で押さえながら、アキの顔を見上げると、そこにはもう、不機嫌な表情はなかった。
「ごめん。八つ当たりして」
スイのかぶっていたフードをそっと手で下ろして、アキが見つめてくる。まるで、すごく悪いことをして許しを請うときのような表情だ。
機嫌が悪かったのではないのだろうか。
スイは思う。
アキを怒らせたのは自分ではないのだろうか。だとしたら、どうしてあんなに不機嫌な顔をしていたんだろう。
「八つ当たり?」
首を傾げると、その手が頬を撫でる。さっき、シロが触った場所だ。
「俺たちより、あいつの方がスイさんのこと知ってるのが、やだったんだよ」
ふい。と、視線を逸らして、アキが言う。
確かに、シロとの出会いは四、五年前になるから、スイがシロのことで知っていることは多い。けれど、スイのことをシロがよく知っているかと言えば、少し違う。知られたくないことがたくさんありすぎて、スイは必要以上に自分のことを話さないようにしていた。
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