遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
66 / 414
FiLwT

狂犬と引きこもり 2

しおりを挟む
 特に何かアクションがあったわけではないけれど、スイは周囲の情報に敏感な方だと思う。それは、体格的に不利なスイが物騒な世界で生き残るための処世術だった。
 数メートル先に立ち止まって人混みの中から、自分を見ている二人組の男がいる。若い男だ。おそらくは20代前半。それはサイズ感大丈夫? と、聞きたくなるようなだぼついたパンツにだぼついたインナー。スタジャンを羽織って、キャップを被っているテンプレ通りのストリート系。そして、双子コーデですか? と、こちらも聞いてみたくなるほど似通ったファッションにため息が漏れそうになる。
 男たちはスイが顔をあげて自分たちを見たことに気付くと、とってつけたような笑顔を浮かべて近づいてきた。

「おねえさん。ひとり?」

 かけられた言葉に座ったままスイは周りを見回した。それから、周りにはひとりでいるのが自分だけだと気付いて、首を傾げる。

「は?」

 スイは決して大柄ではない。背は平均値より多少低いし、体重に至っては平均体重よりもかなり低めだ。服装もユニセックスで、シンプルなものならレディースを着ることもある。
 それでも、今まで(少なくとも覚えている範囲では)「おねえさん」と、間違えられたことはない。それが本当に普通の成人男性にしか見えないからなのか、人混みを避けたり、他人との積極を極力少なくしていたせいで単に間違われる機会がなかっただけなのか。どちらなのかは定かではない。

「あれ? もしかして、おにーさんだった?」

 スイの顔を無遠慮にじろじろと見てから、男が言う。なんだか、その視線はまとわりつくみたいで気持ちが悪かった。

「ま。どっちでもいいや。俺、そーゆの気にしないし。ね。ひとりならさ、俺たちとどっかいかない?」

 大戦前の一時期、薬物による人体の改変が盛んに行われていた時期があった。もともと、遺伝子異常による病気や障害の治療のために開発された薬は、遺伝子を正常に戻すという本来の目的を離れて、髪色や瞳の色、身長や体重、性別までも変えることを可能にした。それも、合法に。だ。
 その影響もあって、性別の差異が曖昧になり、同性婚が法律で認められるようになった。現在、遺伝子改変薬はその激烈を極める副作用の発見により、禁止薬物となっているが、同性婚が再び禁止されることはなかった。
 だから、男だと言って、男にナンパされることがないとは言わない。

「…………そ。ゆうの、間に合ってます」

 それでも、ひらり。と、手を振ってスイは答えた。
 法的には異性愛と同様に認められているとはいえ、同性愛に偏見を持つものは、人種差別と同じく、一定以上確実に存在している。特に、宗教関係者や、一部の民族主義者、戦中や戦前生まれの高齢者、単に社会性の欠如しているもの。等々。他人がどんな性的嗜好を持っていようが近づかないで放っておけばいいだけなのに、わざわざ、不快感を露に近づいてくるものも、一定数存在している。
 とはいっても、別にスイは同性愛に対しても偏見はない。
 だから、断ったのは偏見からではないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

神子は再召喚される

田舎
BL
??×神子(召喚者)。 平凡な学生だった有田満は突然異世界に召喚されてしまう。そこでは軟禁に近い地獄のような生活を送り苦痛を強いられる日々だった。 そして平和になり元の世界に戻ったというのに―――― …。 受けはかなり可哀そうです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...