遠くて近い世界で

司書Y

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ユキの気持ち

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 その日は、いつも通りの一日だった。
 作戦指揮の兄。戦闘担当の自分。情報操作、セキュリティ解除担当のスイ。
 インカムから聞こえるアキの指揮で、ドアの開錠を担当するスイ。そのスイを守って周りを警戒するユキ。潜入作戦ではほぼこの布陣が定番となっている。

「……スイさん。足音、6時の方向。モニタ出る?」

 遠くから聞こえて来る足音に敏感に反応して、スイの肩をたたく。今日はヘッドホンをしていない。多分、スイにとっては大したセキュリティではなかったのだと思う。

「はいよ」

 答えてキーを操作すると、監視ルームのモニタに警備の姿が映し出された。かなり近くまで接近を許してしまった。
 人数も、ここで相手をするには多い。セキュリティシステムが損傷したら、奥の部屋へのドアを開ける事が困難になる。

「……一旦、隠れた方が……」

 PCの接続を外して、スイが立ち上がる。その間にも足音が大きくなって、ユキは慌ててスイの腕を引いた。
 隣の部屋のロッカーに隠れた瞬間。どかどかと足音が部屋に入って来る。

 息を殺す。
 見つかるのは時間の問題かもしれない。
 見つかったら、やるしかないか。

 そんなことを考えていた。

 ふ。と、聞こえてきた短い吐息。
 それは、腕の中にいるスイだった。咄嗟のことで、まるで抱きしめる様な恰好でロッカーに入ってしまった。
 スイの耳元が近い。産毛の一本まで見える位に。少しだけ、朱をさしたような耳元がすごく綺麗で見惚れてしまう。

 スイさん。髪の毛細い。柔らかそうだな。
 うなじ綺麗。後れ毛ふわふわだ。

 ふと。思う。

 肩細い。腰も。腕の中にすっぽり収まってる。こんなに小さかったっけ?

 睫毛長い。綺麗な翠色だな。
 色白い。
 唇。柔らかそう。触れてみたいな。
 こっち向いてくれないかな。翡翠色の目見たい。

 ふ。と、少しだけ漏らしたユキの吐息が耳元に触れたのか、擽ったそうにスイが身を竦める。
 その仕草がどうしようもなく、愛らしくて、鼓動が速くなっていくのを止める事が出来ない。

 スイさん。
 すごくいい匂いする。
 同じシャンプー使ってるはずなのに、どうして?

 その瞬間。遠くで銃声が聞こえた。
 男たちの声が聞こえて、足音が去っていく。

 その足音が聞こえなくなってから、スイがユキを見上げて言った。

「……も。大丈夫かな?」

 見上げている翡翠の色の瞳を腕の中から出したくない。ずっと、抱きしめていたい。
 このまま、その唇を……。

「ユキ君?」

 中々ロッカーから出ようとしないユキに不思議そうにスイが問いかける。
 少し開きかけた唇から覗く赤い舌に、目が釘付けになってしまう。

「……!!!!! や。あ。うん。大丈夫じゃない?」

 慌てふためいてロッカーから出る。そのまま、スイから離れて、壁際まで後ずさる。

「どした? 」

 ユキの行動の意味が分からずに、スイがさらに不思議そうに見つめる。
 それから、後ずさってしまったユキの方に歩いてくる。

 うあ。……マズ……い。勃ちかけた……。

 罪悪感が半端なくてスイの顔が見られない。これはもう、確信しかない。

 ヤバい……俺。

 兄貴と同じ人を好きになってしまった。

「大丈夫?」

 翡翠の色の瞳が蝶が飛ぶように瞬いて、細い指先がユキの方に伸びる。それから、少し冷たいその指先が額に触れた。

「熱いな。もしかして、具合悪かった?」

 そんな風に、綺麗な目で見ないでください。

 ユキは思う。

 神様!
 どうか、なかったことにしてください。

 ユキの思いもむなしく、この後、すぐにユキの気持ちもアキにばれる事となるのだった。
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