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アキの気持ち
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そんなことを考えて、眠れない夜を過ごしたそんな朝だった。
珍しくスイの声に起こされずにベッドを出る。気分はよくはなかった。浅い眠りの中で、同じ問いを繰り返していた。頭痛というほどでもないが、頭が重い。眼鏡をかけても、視界がクリアにならない感覚。
部屋着に着替えることすらせずに、パジャマ代わりのTシャツとスウェットのまま、リビングダイニングに入ると、当たり前のような顔で、スイが朝食を用意していた。
「あれ? おはよう。早いな?」
ヘッドホンをしていたのに、すぐに彼はこちらに気付いてくれた。その細い指が耳を塞いでいたそれを外して、首にかける。
スイに合鍵を渡したのは、彼が隣に引っ越して来て3日目だった。ユキが渡していいかと聞いたので、疑問も何もなく“ああ”と答えていた。その答えに自分でも驚いた。
それ以来、毎日朝食を作って、起こしてくれるお隣さんにこれって普通なのか? と、思ったのは1週間目までで、今では何の違和感もなく受け入れている。そんな自分にも驚いてしまう。
スイがいると、驚きの連続だ。
アキは思う。
「ああ。眠れなくて」
アキの言葉にスイはキッチンを出た。近くまで来て、見上げるように顔を覗き込んでくる。
綺麗な翡翠色の瞳。今日も変わらない。けれど、昨日よりも綺麗で、初めて会ったときよりずっと柔らかな色だった。
「大丈夫か? 顔色あんまり良くない」
細くて綺麗な指先が頬に伸びてきて、僅かに触れる。少し体温の低い冷たい指先。寝不足でぼやけた頭にはその感触がちょうどいい。
スイは、何もかも、綺麗だ。そう思う。
「飯食える? 食べられなかったら、暖かいものでも飲む?」
心配げに見上げるスイ。そんな風に心配してくれるのが、堪らなくうれしい。そうしている間、その形の綺麗な頭の中にはきっと、自分しかいない。
そうやって、いつでも、自分のことを考えていてほしいと思う。
「いや。大丈夫」
その返事にスイが柔らかく微笑む。安心したように。安心させるように。
その笑顔を見ていて、ふと、気づいた。
「……ああ。そうか……」
一晩中考えていた、その答え。それに至ることを恐れていた、その答え。
好きなんだ。
多分、初めて会ったその日だった。自分が、その人を好きになったのは。
スイが好きだ。
そう考えると、全部に納得がいった。
初めて会った日、細いその身体に優しくしたいと思ったのも。
翡翠の色の瞳から、目を離すのがもったいないと思ったのも。
もう一度会えてよかったと思ったのも。
毎日、その人に会えるのが待ち遠しいと思うようになったのも。
その指先が、とても美しいと思ったのも。
大切な日をその人と過ごしたいと思うようになったのも。
傷を負っても声一つあげないその人に、心が痛むのも。
その人が、自分以外の人のために心を痛めるのが、堪らなく嫌なのも。
自分以外の誰かに、その人が頼るのを見たくないのも。
全部。
全部だ。
その人を好きになったからだった。
「どうした? アキ君」
アキ君と自分を呼ぶスイの声が好きだ。
躊躇いがちに頬に触れる細い手が好きだ。
その翡翠の色の瞳が好きだ。
「……いや。飯食おうか」
でも、まだ、今は言えない。
もう少し。もう少し、自分が強くなれたら。
そのときは告げよう。
その日が遠くないことを願うアキだった。
珍しくスイの声に起こされずにベッドを出る。気分はよくはなかった。浅い眠りの中で、同じ問いを繰り返していた。頭痛というほどでもないが、頭が重い。眼鏡をかけても、視界がクリアにならない感覚。
部屋着に着替えることすらせずに、パジャマ代わりのTシャツとスウェットのまま、リビングダイニングに入ると、当たり前のような顔で、スイが朝食を用意していた。
「あれ? おはよう。早いな?」
ヘッドホンをしていたのに、すぐに彼はこちらに気付いてくれた。その細い指が耳を塞いでいたそれを外して、首にかける。
スイに合鍵を渡したのは、彼が隣に引っ越して来て3日目だった。ユキが渡していいかと聞いたので、疑問も何もなく“ああ”と答えていた。その答えに自分でも驚いた。
それ以来、毎日朝食を作って、起こしてくれるお隣さんにこれって普通なのか? と、思ったのは1週間目までで、今では何の違和感もなく受け入れている。そんな自分にも驚いてしまう。
スイがいると、驚きの連続だ。
アキは思う。
「ああ。眠れなくて」
アキの言葉にスイはキッチンを出た。近くまで来て、見上げるように顔を覗き込んでくる。
綺麗な翡翠色の瞳。今日も変わらない。けれど、昨日よりも綺麗で、初めて会ったときよりずっと柔らかな色だった。
「大丈夫か? 顔色あんまり良くない」
細くて綺麗な指先が頬に伸びてきて、僅かに触れる。少し体温の低い冷たい指先。寝不足でぼやけた頭にはその感触がちょうどいい。
スイは、何もかも、綺麗だ。そう思う。
「飯食える? 食べられなかったら、暖かいものでも飲む?」
心配げに見上げるスイ。そんな風に心配してくれるのが、堪らなくうれしい。そうしている間、その形の綺麗な頭の中にはきっと、自分しかいない。
そうやって、いつでも、自分のことを考えていてほしいと思う。
「いや。大丈夫」
その返事にスイが柔らかく微笑む。安心したように。安心させるように。
その笑顔を見ていて、ふと、気づいた。
「……ああ。そうか……」
一晩中考えていた、その答え。それに至ることを恐れていた、その答え。
好きなんだ。
多分、初めて会ったその日だった。自分が、その人を好きになったのは。
スイが好きだ。
そう考えると、全部に納得がいった。
初めて会った日、細いその身体に優しくしたいと思ったのも。
翡翠の色の瞳から、目を離すのがもったいないと思ったのも。
もう一度会えてよかったと思ったのも。
毎日、その人に会えるのが待ち遠しいと思うようになったのも。
その指先が、とても美しいと思ったのも。
大切な日をその人と過ごしたいと思うようになったのも。
傷を負っても声一つあげないその人に、心が痛むのも。
その人が、自分以外の人のために心を痛めるのが、堪らなく嫌なのも。
自分以外の誰かに、その人が頼るのを見たくないのも。
全部。
全部だ。
その人を好きになったからだった。
「どうした? アキ君」
アキ君と自分を呼ぶスイの声が好きだ。
躊躇いがちに頬に触れる細い手が好きだ。
その翡翠の色の瞳が好きだ。
「……いや。飯食おうか」
でも、まだ、今は言えない。
もう少し。もう少し、自分が強くなれたら。
そのときは告げよう。
その日が遠くないことを願うアキだった。
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