遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
58 / 414
アキの気持ち

1

しおりを挟む
 本当は、初めて会ったその日だった。

 それは、後で自覚したことで、その時は全く意識はしていなかったと思う。
 第一印象は、毛を逆立てて、シャーシャー言っている猫だった。その猫は、翡翠の色の大きな目が印象的で、撫でると柔らかそうな綺麗な毛色をしていた。
 小さな体を、毛を精一杯逆立てて大きく見せているけれど、その目は何かに脅えているようで、長いこと独りでいたのだろうと、少し可哀そうになったのを覚えている。
 抱き上げたその身体は腕にすっぽりと入ってしまうくらいに小さくて、優しくしたいと思った。

 でも、その印象が変わるまでに、それほど時間は要らなかった。
 彼はとても頭の良い人だった。たった一言の情報から、状況を把握して、作戦を組み立てて、それを実行に移す。まるで魔法を見ているようだと思った。
 成熟して、怜悧で、聡明な魔法使い。少しだけ怖いと思った。彼を本気で怒らせてしまったら、どこまで逃げても追い詰められて、破滅させられるのだろう。と。
 けれど、やっぱり、その翡翠の色の瞳は、とても綺麗で、目を離すのがもったいなくなった。

 それから、再会できるまでの間は、もう一度会いたいという気持ちと、もう会いたくない、否、会ってはいけないという相反する気持ちの間でゆらゆらと揺れていた。今思えば、もう一度会ってしまったら、多分自分自身が変わってしまうような気がしたからだと思う。
 ただ、再会した彼はあの聡明な魔法使いのような姿とはあまりに違っていて、ひどく自信なさげで、心細げだった。でも、それが彼自身の本当の姿だと気づいた。
 だから、やっぱり、もう一度会えてよかったと思った。

 再会してからは、毎日のように顔を見せるようになったその人を不快にも、負担にも思わない自分に驚いていた。自分の個人的領域はかなり広いほうだと思う。その中に入れるのは、弟だけだと思っていた。けれど、いつの間にか、彼がその中にいた。本当に気づかないうちに。
 それどころか、最初は不安げだった笑顔が、次第に柔らかく自然になっていくのを見るのがとてもうれしくて、彼が帰りの挨拶をするたびに、次に彼の顔を見るのが待ち遠しいと思うようになった。まるで、花が開くのを待っているような、そんな気分だった。

 毎日彼と会うようになって、気づいたことがある。
 彼の手は魔法のようだった。
 キーボードを叩いているときも、二人のために料理を作っているときも、ナイフの手入れをしているときも、照明のスイッチを押しているときさえも。
 その細い指先が、美しいと感じないときはなかった。もう、目を離すことなんてできなくなっていた。

 弟の誕生日。彼を誘ってみようと、提案したのは自分のほうだった。弟は少し驚いた顔をしてから、俺もそうしようと思ってた。と笑った。

 その人を傷つけるのが、自分でなければいいと、いつも思う。心も、身体も。自分はその人を守れる男でいたい。そう思う。
 けれど、その人を守りたいだなんていえるほど、自分は強くない。彼は、自分がいなくても大丈夫なくらいに強かった。
 だから、自分を助けに来てくれたその人が傷を負っても声一つあげないのに心が痛んだ。
 だから、自分以外の人のために心を痛めるのが、堪らなく嫌だった。それが、弟のためであっても。
 だから、自分以外の誰かに頼るのも、見たくはなかった。それが、自分のためであっても。

 こんな思いをなんというのか、少しだけ考えてみた。
 けれど、答えは出なかった。いや。出さなかった。答えを出してしまうのが怖かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...