遠くて近い世界で

司書Y

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 がら。
 引き戸を引く音がして、アキの話は遮られた。

「兄貴!」

 ばたばたと足音を響かせて、ユキが入って来る。
 話を遮られたことに、出鼻をくじかれたような、それでいて、その一言を言わなくて済んだことにほっとしたような、何とも言えない気持ちになる。

「……あれ? どした??」

 その何とも言えない感情が顔に出てしまったのだろうか。ユキがアキの顔を覗き込んだ。

「なんでもね」

 アキが軽く手を振ってこたえると、まだ、納得していないような表情でユキが首を傾げる。

「で? 仕事は?」

 もう、この話は終わりにしたくて、アキは、話題を切り換えた。

「あ。うん。ちゃんと届けた。」

 動けないアキに代わって、ユキがこの騒動の発端である“あれ”を依頼人である警察のある人物に届けに行っていたのだ。

「これで、とりあえず完了か?」

 スイが言う。
 スイは、“あれ”と呼ばれていたものに、殆ど興味を示さなかった。守秘義務のことを理解しているだろうし、それ以上に、スイにはそれが何なのか分かっているのではないかと思う。

「でも。警察に渡ったら、すぐに変わっちゃうだろうな。苦労したのにね」

「え?」

 何気なく、スイがこぼした一言に、ユキは驚き、アキはやっぱりと思った。

「やっぱり、わかってたんだな? あれが、“乱数表”だったこと」

 菱川興業のイベントのことを調べていた警察が、とある文書を入手したのは数週間前だったらしい。そこには、イベントの詳細が書かれている。と。思われた。後の菱川興業の混乱ぶりからすると、それは間違いなかったと思う。
 しかし、内容を確認することはできなかった。文書が暗号化されていたからだ。それは、複数あると思われる乱数表に照らし合わせて、文書を解読するタイプの暗号だった。
 乱数表なしで、その暗号を解くことが、できないわけではないが、圧倒的に時間が足りない。“近いうちに”がいつを意味しているか、それすら、暗号を解かないと分からないのだ。
 だから、アキ達が依頼された。

 “乱数表を入手せよ”

 それが、依頼内容だった。

「……うん。まあ、多分そんなところって程度には」

 アキに問われて、スイは答える。
 乱数表は確認できる範囲で3つ存在した。文書と、数字と、乱数表。3つがそろって初めて内容が分かる。乱数表は外部のネットに接続されていないノートパソコンの中に、それぞれ別々に保存されていた。それを全て入手するために、何組かの“ハウンド”が雇われたが、そのうちの1組がミスって3台のPCの全てを二人が抱える羽目になったのだ。

「相手が菱川だったから。なんとなく。
 多分。文書の中身は顧客名簿だよ。それ以外なら、変更すれば済むことだから。
 でも、これで、菱川は暗号の乱数表を全部かえてくるだろうね。
 まあ、警察は顧客名簿を手に入れて、イベントを中止させることが目的だろうから、結果オーライかな」

 話してもいない内容を当たり前のように話すスイ。もちろん、クライアントが警察だということも、警察がイベントに関する文書を手に入れていることも、乱数表が複数存在していることも、スイには全く話してはいない。

「……やっぱり、あんた魔法使いだな」

 降参だ。というように手を上げて、アキは言った。
 多分、スイには最初から何もかもお見通しなのだ。

「魔法なんて……大げさなもんじゃないだろ」

 苦笑して、スイは答えた。
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