遠くて近い世界で

司書Y

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 そこを病室と呼ぶのには、アキは、少し、いやかなり抵抗を感じていた。広さは20帖はあるだろうか。薄くピンクがかった清潔な壁に、大型のテレビが掛かっている。付添い用のベッドを入れても十分な広さがあるそこには、何故か来客用のソファまで置いてあった。
 トイレはともかく、シャワーや、給湯施設まで完備され、窓から見える景色はまさにタワーマンションのそれである。

「……なに? これ」

 胸を包帯でぐるぐる巻きにされたアキがぼそりと呟く。顔や腕にも痛々しくも絆創膏が大げさに貼られていた。

「何故VIPルーム?」

 普通の多床室にはあり得ない大きさのベッドに、ため息をついて、アキは言った。確かに、アキの体格では、普通の病床では狭苦しいのは確かなのだが、それにしても、キングサイズの介護用ベッドは初めて見た。

「……逆に? 落ち着かないんだけど」

 さらに言わせてもらえば、ここはキャバクラか!?(メイドカフェかでないところがみそ)と突っ込みを入れたくなるような、たわわな看護婦さんはみなさん絶対領域垂れ流しで、若い健全男子としては目のやり場に困る。一度、(わざと??)落としたペンを挑発的な視線を投げられて、これ見よがしに拾われた時にはついつい「なんでやねん!」と突っ込んでしまった。もちろん、見えそで見えないマル秘エリアは明らかなまでにアキの視線を意識してこちらに向けられている。

「……いや。なんていうか……。大部屋は避けてくれとはお願いしたんだけど。まさか、こんなことになるとは……」

 ベッド脇の椅子にかけて、ばつが悪そうに目を逸らすスイ。

「いや。あのリバーフロントってビルさ。近くの病院に運ぶとしたら、川を挟んだT病院になるだろ? T病院って、資本に菱川がからんでるからヤバいかなと思って。知り合いに頼んだら……こうなったっていうか……」

「どんな知り合いだよ」

 ため息混じりにアキは突っ込む。
 市内で一番大きな医療法人“恵明会”の恵明会病院。その最上階のVIPルームといえば、お忍びの大物芸能人か、スポーツ選手、一部上場企業の重役クラスしか利用できないような場所だ。

「…………川和組の若頭補佐」

 何故か目を逸らしたままぼそりとスイが呟く。

「はあ!?」

 川和組は国内の広域指定暴力団の中でも、最大の規模を持つ“白狼連合”の最大派閥だ。その川和組の若頭補佐ということは、将来的には大派閥の組長クラスの大幹部ということになる。もともと、かなり得体のしれないスイなのだが、どんな交友関係を持っているんだよ。と突っ込みすら忘れてしまう。

「……いや。その。前会長の壱狼さんが、将棋仲間で……孫の志狼君とも知り合いだから」

 川和壱狼。
 その名前を、裏の世界に少しでも足を突っ込んだ者なら、知らないはずがない。川和組を国内最大の暴力団に育て上げた英傑だ。勇敢で、義理に厚く、頭も切れる上に、腕もたった。カリスマというやつである。
 確か、1年ほど前に亡くなっているはずだが、未だに裏社会では絶大な影響力を誇っている。
 その孫の川和志狼。祖父の再来といわれている若手ナンバー1。詳しく知っているわけではないが、遠目で見た限りではモヒカンの目つきの悪い男だ。髪の色は見るたびに違う。そこそこ。いや、かなりのイケメンで、立場も含めたら、女には困らないだろうなと思うような人物だ。

「作戦を手伝ってもらうことは……彼の立場を考えれば無理だったけど。病院紹介してもらうくらいはいいかなって思って」

 医療法人恵明会は、川和組の表の顔の一部上場製薬会社“日本医薬”の資本で成り立っている。
 どおりで。と、アキは納得した。この病院にとって、川和志狼は最重要な人物であることは間違いない。

「壱狼さんが亡くなった時、何でも頼ってくれって、志狼君は言ってくれたんだけど、菱川との全面抗争なんて構図になったらって思うと……俺もヤクザとしての君には頼らないなんて、カッコつけて言っちゃったし。
 でも……アキ君が危険なのに……頼ればよかったんじゃないかって。すげぇ悩んだ」

 ばつが悪い顔の正体はそれだったのか。作戦に若頭を巻き込まなかったことを悔いているのではない。反対にヤクザに頼ってしまったことを恥じているのだろう。

「別にいいんじゃね? 頼れるもんは頼れば」

 そうは言ってみたものの、何だろう。自分のことで、スイがアキの知らない誰かに頼るのは、なんだか少し、いや、結構、かなり気に食わない。何故気に食わないのかは、この際考えないことにする。
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