52 / 414
HBtF
6-1
しおりを挟む
真夜中の道を、ユキは走っていた。肩に担いだライフルのケースが重くて、かさばって、いつも通りのスピードで走れなくて、イライラする。苛立ち紛れに前方に現れた車止めを軽く飛び越えて、さらに加速する。
アキは大丈夫だろうか。
インカムから聞こえた声は、少し掠れていて、多分ユキを心配させまいと無理をしていたんだと思う。もう、負担をかけたくなくて、通話を終わらせてしまったけれど、その後がどうなったのか、心配でならなかった。
菱川の助っ人が来て、二人が危険な目にあってるんじゃないかとか、無理していたけど本当は怪我がひどくて通話ができなくなってしまったんじゃないかとか、何も言っていなかったけれど、スイがひどく怒っているんじゃないかとか。
普段はポジティブシンキングのユキには珍しく、悪い考えばかりがぐるぐると頭を回って離れてくれなかった。
何度目かの信号無視をした時だった、車のクラクションが響いて、ユキは立ち止まった。
「るせえ!!」
大声で叫ぶ。そうでもしないと、頭がパンクしそうだった。
「……ユキ君?」
しかし、クラクションの主の声に、ユキははっと顔を上げた。
「よかった、会えた。乗りな? アキ君の病院行くよ」
車の運転席から顔を出したのは、スイだった。いつも通りの表情。あのときの悲し気な色は全く見えない。その顔に、ほっとしたのと、苦しくなるのが同時だった。
「どした?」
何も答えられずに黙っているユキに不思議そうにスイが声をかける。
「スイ……さん。ごめん」
言葉は自然に出ていた。謝らずに先に進めない気がした。スイの顔は見られない。
また、あんな顔をさせてしまったらどうしよう。
アキはちゃんと謝れと言っていた。だから、ユキには謝るしかできなかった。
「ユキ君」
でも、スイの声は優しくて、ユキは顔をあげた。そこにはいつも通り笑うスイがいた。
「怒ってなんてない。ユキ君が気持ちをぶつけてくれるのは、俺のこと認めてくれてるからだって、わかった」
きっと、ガキみたいに謝ることしかできない自分のかわりに、アキがユキの気持ちを伝えてくれたのだと思う。それから、そんなことまで兄に頼っている自分が情けなくなった。
「ほら、早く乗って。アキ君待ってるよ」
もっと、大人になりたいと思う。二人のように。そして、アキとスイには自分の気持ちを自分で伝えたいと思う。だから、それまで一緒にいてほしい。ユキは思う。どんな危険が降りかかってきても、自分が二人を守るから。
「……スイさん。お願いだ」
そんな思いを込めて、ユキは真剣な顔でスイを見つめた。
「俺さ。もっと、その……ちゃんとするから。待っててくれる? 俺たちのそばで」
少し驚いた顔のスイ。それから、おかしそうに目を細めた。
「何を?」
街灯の明かりしかないのに、その翡翠の色の目はすごく綺麗で。ユキはそれに見とれていた。
「え?」
見惚れていたから、質問の意味がわからなくて、ユキは問い返した。
「だから。俺は何を待っていればいいわけ?」
くすくすと、楽しそうに笑うスイ。その笑顔はすごく大人なようで、どれでいてまるで少女のように屈託なくて、綺麗で。ユキの心に温かな何かを湧き上がらせた。
よかった。笑ってくれた。
ユキは思う。
「……だから。……あれ? なんだっけ??」
だから、その答えは、ゆっくり探せばいいと思った。
急がなくても、多分時間はたっぷりある。
その答えが出るころには、きっと。
アキは大丈夫だろうか。
インカムから聞こえた声は、少し掠れていて、多分ユキを心配させまいと無理をしていたんだと思う。もう、負担をかけたくなくて、通話を終わらせてしまったけれど、その後がどうなったのか、心配でならなかった。
菱川の助っ人が来て、二人が危険な目にあってるんじゃないかとか、無理していたけど本当は怪我がひどくて通話ができなくなってしまったんじゃないかとか、何も言っていなかったけれど、スイがひどく怒っているんじゃないかとか。
普段はポジティブシンキングのユキには珍しく、悪い考えばかりがぐるぐると頭を回って離れてくれなかった。
何度目かの信号無視をした時だった、車のクラクションが響いて、ユキは立ち止まった。
「るせえ!!」
大声で叫ぶ。そうでもしないと、頭がパンクしそうだった。
「……ユキ君?」
しかし、クラクションの主の声に、ユキははっと顔を上げた。
「よかった、会えた。乗りな? アキ君の病院行くよ」
車の運転席から顔を出したのは、スイだった。いつも通りの表情。あのときの悲し気な色は全く見えない。その顔に、ほっとしたのと、苦しくなるのが同時だった。
「どした?」
何も答えられずに黙っているユキに不思議そうにスイが声をかける。
「スイ……さん。ごめん」
言葉は自然に出ていた。謝らずに先に進めない気がした。スイの顔は見られない。
また、あんな顔をさせてしまったらどうしよう。
アキはちゃんと謝れと言っていた。だから、ユキには謝るしかできなかった。
「ユキ君」
でも、スイの声は優しくて、ユキは顔をあげた。そこにはいつも通り笑うスイがいた。
「怒ってなんてない。ユキ君が気持ちをぶつけてくれるのは、俺のこと認めてくれてるからだって、わかった」
きっと、ガキみたいに謝ることしかできない自分のかわりに、アキがユキの気持ちを伝えてくれたのだと思う。それから、そんなことまで兄に頼っている自分が情けなくなった。
「ほら、早く乗って。アキ君待ってるよ」
もっと、大人になりたいと思う。二人のように。そして、アキとスイには自分の気持ちを自分で伝えたいと思う。だから、それまで一緒にいてほしい。ユキは思う。どんな危険が降りかかってきても、自分が二人を守るから。
「……スイさん。お願いだ」
そんな思いを込めて、ユキは真剣な顔でスイを見つめた。
「俺さ。もっと、その……ちゃんとするから。待っててくれる? 俺たちのそばで」
少し驚いた顔のスイ。それから、おかしそうに目を細めた。
「何を?」
街灯の明かりしかないのに、その翡翠の色の目はすごく綺麗で。ユキはそれに見とれていた。
「え?」
見惚れていたから、質問の意味がわからなくて、ユキは問い返した。
「だから。俺は何を待っていればいいわけ?」
くすくすと、楽しそうに笑うスイ。その笑顔はすごく大人なようで、どれでいてまるで少女のように屈託なくて、綺麗で。ユキの心に温かな何かを湧き上がらせた。
よかった。笑ってくれた。
ユキは思う。
「……だから。……あれ? なんだっけ??」
だから、その答えは、ゆっくり探せばいいと思った。
急がなくても、多分時間はたっぷりある。
その答えが出るころには、きっと。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
しあわせのカタチ
葉月めいこ
BL
気ままで男前な年上彼氏とそんな彼を溺愛する年下ワンコのまったりのんびりな日常。
好き、愛してるじゃなくて「一緒にいる」それが二人のしあわせのカタチ。
ゆるりと甘いけれど時々ぴりりとスパイスも――。
二人の日常の切れ端をお楽しみください。
※続編の予定はありますが次回更新まで完結をつけさせていただきます。


【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜
高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる