遠くて近い世界で

司書Y

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 視界はゆらゆらと揺れていた。さっきから、ひどく寒い。後ろ手に縛られた手には感覚がない。つま先からじわじわと生命が抜けていくような感覚にアキは身震いした。
 傷の痛みは感じられるので、まだ死んではいないんだなと苦笑する。
 ここに連れてこられていったいどれくらい経ったのだろう。時間の感覚が狂っているのは、ふと気を抜いた瞬間に落ちているからだろう。ここに連れてこられる間に、逃げようとも思った。銃で撃たれた傷は浅くはないし、ハイリスクではあるが、絶対にできないということはなかったと思う。

 ならば、どうしてそうしなかったのか。

 あの二人、どうしてるかな。

 アキは思う。
 ユキが正面突破を図っていないところをみると、スイが止めてくれているのだろう。スイは頭がいい。きっと、ユキを導いてくれる。ユキの能力の優れたところを引き出して、足りないとこを補って、こんな局面でも何とかしてくれる。
 そう、確信に似た思いがあった。
 だから、自分は二人が自分を助けに来た時に少しでも足手まといにならないように、体力を温存しておくのがいいと思った。この状態ならまだ、なんとか二人の手助けができるかもしれない。
 と、思ってはいたのだが、状況は芳しくはなかった。僅かにでも身体を動かすとそこかしこに激痛が走る。交渉の切り札にするために、応急処置はされていたが、痛み止めなど処方されるはずもなく、作戦失敗のいらだち紛れに殴られた傷の痛みも地味にアキの気力を削って行った。

 あー。はやく来ないとマジ死ぬぞ。これ。

 アキのスマートフォンのアドレス帳からユキの番号を抜いて、菱川の連中がユキに電話をかけたのは、10分前だった。そして、約束の時間は1時間後。
 取引場所はもちろんここではない。ここへ入るまで目隠しをされていて、今のこの場所がどこなのか、はっきりとは分からない。しかし、移動時間と、菱川の勢力範囲内、それから、窓の外の風景(窓からは距離があるうえ、部屋の奥からでは見える範囲にかぎりがあるが)とを考えると、市内のある地域ではないかと想像できた。
 ユキたちとの交渉の場所までの移動時間は、およそ20分。ここまでを、すべて考え合わせると、アキを連れて連中がここを出るまでにおそらく15分ほど。
 そして、アキが想像するに、スイとユキが動くとすれば、おそらくここにいる間だと思う。
 普通に考えれば、移動中を狙うのが定石だと思われるが、アキの安全を絶対条件にする二人が、二人きりで車に乗っている相手を襲撃するとは思えない。ヤクザ相手にすぐに動いてくれる助っ人を探すより、あの二人なら二人きりでできる作戦を選ぶと思う。
 さらにだ。スイの性格からいって、迎え撃つ気満々でいる移動中より、緊張の解けている今を狙うと思う。情報を操り作戦を優位に進めるのは彼の得意分野だからだ。
 だとするなら。

 狙撃……か。

 ここの場所が分かっているなら、というのが大前提になるのだが、ユキの狙撃の腕を知っているスイが立てる作戦としては、可能性が高い気がする。
 
 とすると……。
 突入はスイさんだな。

 正直、スイの戦闘力に関しては未知数だ。
 ナイフの扱いはかなりのものだと思うのだが、銃器の扱いに関してどれくらいの熟練度なのか、全く分からない。加えて、あまり体格的に有利に立てるとは言い難い、否、ここにいるヤクザと比べれば華奢といっても差し支えないスイが白兵戦になった場合、どこまでできるのか。
 もちろん、あのスイのことだ。できるだけの作戦は立てているだろう。最もリスクを減らし、最も成功率の高い方法を。
 ただし、その場合のリスクというのが、アキやユキへのリスクであって、彼自身へのでないかもしれない。スイと知り合って2か月ほど。それほど長く一緒にいたわけでなくても、分かってしまった。スイは多分、自分という人間の価値を認めていない。
 だから、自分自身へのリスクは除外して作戦をたてているのではないか。それが、何より心配だった。
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