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部屋に戻るとスイは、ユキに“君の狙撃が必要になる。精神を集中させておいて”と言い残して、すぐに2・3か所連絡を入れていた。
その後ろ姿を見つめる。きっとその細い首の上にある翠の頭の中では、アキを助けるための方法が高速で組み立てられているのだろう。
自分に決定的に欠けているものを、スイは持っている。頭が良くも、冷静でもない自分には邪魔をしないことしかできない。
菱川興業は街の4分の1ほどを縄張りにしている。そのどこかにアキは連れて行かれたのだろうと、推測はできるけれど、それだけではどうしようもない。そこで、考えが袋小路にはまるだけだ。
連絡を待つしかないのだろうかと思っていると、スイの電話が終わって帰ってきた。それから、縛っていた髪を一度解いて縛りなおし、タバコに火をつける。
文字通り、目の色が変わった。
そう思った。
「ここからは時間が勝負だ。アキ君の居場所。すぐに突き止めるから、3分待って」
ユキが質問を挟む間もなく、スイはヘッドホンをつけてしまった。特別製だとスイが言ったそれは、完全に外の音をシャットアウトしてしまう。言いたかった言葉を飲みこんで、ユキは黙り込んだ。
かわりに心にはいろいろなことが浮かんでくる。集中しろとスイには言われたが、それができない自分が歯がゆい。
最も心を占めるのはアキのことだった。スイの言っていることが正しいことなど、ユキにも分かっていた。それでも、動かずにいられなかった。ユキにとって、アキは特別なのだ。
もちろん兄弟だから、ということもある。
でも、それよりも。
たった二人で生きてきたのだ。
生まれおちたその日から、ユキが頼れるのはアキだけで、アキを支えられるのは自分だけだと信じてきた。
血だまりの中に倒れこむアキが頭から離れない。白く長い睫毛が縁どる閉じられた瞼が、もう開かないのではないかと想像するだけで、足がすくむ。
兄がいなくなってしまったら。と。考えるのが恐ろしい。
他に怖いことなんて殆どない。
丸腰でヤクザに囲まれても、目の前に銃を突きつけられても、周りが敵だらけになっても、アキが隣にいてくれれば笑って歩き出せると確信できた。
スイに出会って、兄も自分も何か変わったと思う。
最初は彼に協力すれば“戦技研”を潰せるかもしれないと思った。それはずっと自分が望んでいたことだった。だから協力した。
あのスイの部屋での攻防戦のとき、垣間見たスイの真剣な表情が頭に浮かぶ。
今、目の前でキーをたたくその顔だ。
怖いと思った。目の前にいるのに、彼は全く別の世界にいる人間だと思った。しかも、その世界を理解することは自分には不可能だ。いや。多分、それを理解できる人間など、この世界にはいないのだ。
それから、純粋にすごいと思った。彼の指の紡ぎだす魔法に素直に見惚れた。
最後に、おわったと振り向いた翠の瞳がとても綺麗だと思った。
その全部が、ユキがスイを信じようとした理由といえなくなかった。
それなのに……。
ユキは唇を噛んだ。
子供みたいに駄々を捏ねて困らせただけだ。
あんな顔させて……。
部屋でのスイに表情を思い出す。自分の言ってしまったことが、スイの心の柔らかい場所を抉ってしまったのだと分かった。
今にも泣き出してしまいそうな翠の瞳はユキの姿をとらえているのに、もっと遠くを見ているようで、消えてしまうんじゃないかと、本気で思った。
どんなに傷ついたのだろう。
想像できなくて、自分自身に嫌気がさす。
それなのにスイは何も言わず力を貸してくれる。
いや、そういったら、きっと彼は言うだろう。
自分のためだよ。
と。
兄貴……俺、どうしたらいい?
今はここにいない兄に問いかける。圧倒的に対人経験の少ないユキには、複雑なスイの気持ちはうまく理解できなかった。
その後ろ姿を見つめる。きっとその細い首の上にある翠の頭の中では、アキを助けるための方法が高速で組み立てられているのだろう。
自分に決定的に欠けているものを、スイは持っている。頭が良くも、冷静でもない自分には邪魔をしないことしかできない。
菱川興業は街の4分の1ほどを縄張りにしている。そのどこかにアキは連れて行かれたのだろうと、推測はできるけれど、それだけではどうしようもない。そこで、考えが袋小路にはまるだけだ。
連絡を待つしかないのだろうかと思っていると、スイの電話が終わって帰ってきた。それから、縛っていた髪を一度解いて縛りなおし、タバコに火をつける。
文字通り、目の色が変わった。
そう思った。
「ここからは時間が勝負だ。アキ君の居場所。すぐに突き止めるから、3分待って」
ユキが質問を挟む間もなく、スイはヘッドホンをつけてしまった。特別製だとスイが言ったそれは、完全に外の音をシャットアウトしてしまう。言いたかった言葉を飲みこんで、ユキは黙り込んだ。
かわりに心にはいろいろなことが浮かんでくる。集中しろとスイには言われたが、それができない自分が歯がゆい。
最も心を占めるのはアキのことだった。スイの言っていることが正しいことなど、ユキにも分かっていた。それでも、動かずにいられなかった。ユキにとって、アキは特別なのだ。
もちろん兄弟だから、ということもある。
でも、それよりも。
たった二人で生きてきたのだ。
生まれおちたその日から、ユキが頼れるのはアキだけで、アキを支えられるのは自分だけだと信じてきた。
血だまりの中に倒れこむアキが頭から離れない。白く長い睫毛が縁どる閉じられた瞼が、もう開かないのではないかと想像するだけで、足がすくむ。
兄がいなくなってしまったら。と。考えるのが恐ろしい。
他に怖いことなんて殆どない。
丸腰でヤクザに囲まれても、目の前に銃を突きつけられても、周りが敵だらけになっても、アキが隣にいてくれれば笑って歩き出せると確信できた。
スイに出会って、兄も自分も何か変わったと思う。
最初は彼に協力すれば“戦技研”を潰せるかもしれないと思った。それはずっと自分が望んでいたことだった。だから協力した。
あのスイの部屋での攻防戦のとき、垣間見たスイの真剣な表情が頭に浮かぶ。
今、目の前でキーをたたくその顔だ。
怖いと思った。目の前にいるのに、彼は全く別の世界にいる人間だと思った。しかも、その世界を理解することは自分には不可能だ。いや。多分、それを理解できる人間など、この世界にはいないのだ。
それから、純粋にすごいと思った。彼の指の紡ぎだす魔法に素直に見惚れた。
最後に、おわったと振り向いた翠の瞳がとても綺麗だと思った。
その全部が、ユキがスイを信じようとした理由といえなくなかった。
それなのに……。
ユキは唇を噛んだ。
子供みたいに駄々を捏ねて困らせただけだ。
あんな顔させて……。
部屋でのスイに表情を思い出す。自分の言ってしまったことが、スイの心の柔らかい場所を抉ってしまったのだと分かった。
今にも泣き出してしまいそうな翠の瞳はユキの姿をとらえているのに、もっと遠くを見ているようで、消えてしまうんじゃないかと、本気で思った。
どんなに傷ついたのだろう。
想像できなくて、自分自身に嫌気がさす。
それなのにスイは何も言わず力を貸してくれる。
いや、そういったら、きっと彼は言うだろう。
自分のためだよ。
と。
兄貴……俺、どうしたらいい?
今はここにいない兄に問いかける。圧倒的に対人経験の少ないユキには、複雑なスイの気持ちはうまく理解できなかった。
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