遠くて近い世界で

司書Y

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HBtF

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 ビルの屋上に立って、ユキはとある建物の窓を見下ろしていた。月も、星も見えない暗い夜。頬に当たる空気には僅かな流れもない。静かな夜だった。
 静まり返った夜の街。肉眼では黒いシルエットに窓から漏れる光の粒しか見えない。
 できるだけ精神を冷静に保とうと、大きく深呼吸をする。それから、双眼鏡を覗き込んだ。

 B地区の歓楽街“流水通り”3丁目のリバーフロントってビル。
 菱川興業のペーパーカンパニーのHCBの事務所がそこにある。11Fの西から6・7・8番目の窓。
 そこから、約1.7k北にある銀日ビルの屋上。そこから、狙撃してほしい。
 できる?

 スイの言葉を思い出す。
 もちろん、即答で”できる”と、答えた。
 揺れる視界の先、スイの言っていた7番目の窓にその姿を見つけて、息が止まりそうになる。

 兄貴……。

 一応手当はされているようだったが、それでも包帯に血が滲んでいる。それどころか、顔には痛々しく青あざが残っている。
 きっと、抵抗して殴られたのだろうと思うと、きりと胸が痛む。

「落ち着け……」

 自分自身に言い聞かせるように呟く。
 こんな精神状態ではオーダーは達成不可能だ。催眠療法事件の時の1.5倍は離れている。訓練以外で、この距離をオーダーされたことはない。スポッティングスコープを覗くと、1726.8m。射角は下方向7度。

 この作戦はユキ君のサポートに掛かってる。

 スイはそう言っていた。ユキにサポートを任せて、突入は自分でと言い出したのだ。

「スイ……さん」

 思考はここへ来る前のスイの部屋での会話に戻っていく。
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