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「……スイ……さんこそ。わかってよ。たった一人の……家族なんだ……」
じっとスイを見つめるその瞳からは涙が溢れていた。普段はずっと人懐っこい笑顔を浮かべているユキのそんな悲愴な表情に一瞬言葉を失う。
わかっている。
スイにだってわかっているのだ。
ユキにとって、アキはたった一人の兄で、ただ一人の信頼する家族なのだ。
「それでも行かせられない。アキ君は望んでない。来るなって言ったじゃないか」
だからこそ、行かせることはできなかった。ユキが思うのと同じくらい。いや、それよりも強くアキがユキのことを思っているのは知っている。
ユキが傷つくと分かっていて、アキがそれを望むわけがないのだ。
「……他人だからそんな冷静に言えるんだよ」
肩を震わせてユキが呟く。
その言葉に心の奥が軋む。
「……いつもひとりでいたスイさんに何がわかるんだよっ!!」
どんな鋭いナイフより。
どんな強い銃弾より。
その言葉はスイの心を深く抉った。
「あ……スイさん……ごめん」
多分。ひどい顔をしていたのだと思う。我を忘れていたユキがはっとして冷静に戻ることができるほどに。
「……俺。こんなこと……」
お前は幸せになんてなれない。
あの呪いが耳元で聞こえた気がした。
やっぱり、だめだったのかな。
スイは思う。
きっと、大切な人たちが傷ついているのに、冷静でいられる自分がおかしいんだ。
きっと、大切な人が傷ついているのを、理解してあげられない自分がおかしいんだ。
きっと、そんな自分には誰かといる資格なんてないんだ。
それでも……。
軋む心を押さえつけてユキの目を見つめる。
「……君の気持はわかってあげられないかもしれない。でも、俺にとってもアキ君は大切な友人だ」
涙が零れてしまうのを必死で押しとどめる。声は震えていたかもしれない。
爪が食い込むほど拳を握りしめる。そんな微かな痛みでも、少しでも二人の痛みを感じられたらいいと思う。
「アキ君を助けるには、どうしても君の力が必要だ。もし、無計画に動いて……傷ついたりして、俺の邪魔をするっていうなら、俺が君を許さないよ」
ユキの胸倉を掴んで、スイは言った。自分自身の言った冷たい言葉に、これ以上ユキを追い込みたくないと、胸が痛む。
でも、そんな自分の痛みでアキが救えるなら。
ユキ。
君まで独りきりにはしない。
それは、スイなりの決意だった。随分長く一人で生きてきたスイがようやく見つけた一緒にいたいと願う人たちにスイがあげられる精一杯の誠意だった。
「……スイ……さん」
アキは絶対に助ける。それには、冷静にならないといけない。感情と思考を切り離す。今は、つまらないことに傷ついて立ち止まっている時間はない。
目を閉じ、何度か深呼吸を繰り返して、酸素を体内へ送り込む。鼓動のリズムを整えて、スイは思考を切り替えた。そして、再び目を開くときには、冷静な思考が戻っていた。少なくとも、表面的には。
「あいつらの狙いがなんなのか、俺は分からない。でも、それを手に入れるまで、アキ君の命を奪ったりはしない。……大丈夫。絶対、助ける」
かなり近くなってきたパトカーの音にスイはユキの腕を掴んだ。
「行こう。とにかく俺の部屋」
抵抗することなく頷くユキを連れて、スイは駈け出した。
じっとスイを見つめるその瞳からは涙が溢れていた。普段はずっと人懐っこい笑顔を浮かべているユキのそんな悲愴な表情に一瞬言葉を失う。
わかっている。
スイにだってわかっているのだ。
ユキにとって、アキはたった一人の兄で、ただ一人の信頼する家族なのだ。
「それでも行かせられない。アキ君は望んでない。来るなって言ったじゃないか」
だからこそ、行かせることはできなかった。ユキが思うのと同じくらい。いや、それよりも強くアキがユキのことを思っているのは知っている。
ユキが傷つくと分かっていて、アキがそれを望むわけがないのだ。
「……他人だからそんな冷静に言えるんだよ」
肩を震わせてユキが呟く。
その言葉に心の奥が軋む。
「……いつもひとりでいたスイさんに何がわかるんだよっ!!」
どんな鋭いナイフより。
どんな強い銃弾より。
その言葉はスイの心を深く抉った。
「あ……スイさん……ごめん」
多分。ひどい顔をしていたのだと思う。我を忘れていたユキがはっとして冷静に戻ることができるほどに。
「……俺。こんなこと……」
お前は幸せになんてなれない。
あの呪いが耳元で聞こえた気がした。
やっぱり、だめだったのかな。
スイは思う。
きっと、大切な人たちが傷ついているのに、冷静でいられる自分がおかしいんだ。
きっと、大切な人が傷ついているのを、理解してあげられない自分がおかしいんだ。
きっと、そんな自分には誰かといる資格なんてないんだ。
それでも……。
軋む心を押さえつけてユキの目を見つめる。
「……君の気持はわかってあげられないかもしれない。でも、俺にとってもアキ君は大切な友人だ」
涙が零れてしまうのを必死で押しとどめる。声は震えていたかもしれない。
爪が食い込むほど拳を握りしめる。そんな微かな痛みでも、少しでも二人の痛みを感じられたらいいと思う。
「アキ君を助けるには、どうしても君の力が必要だ。もし、無計画に動いて……傷ついたりして、俺の邪魔をするっていうなら、俺が君を許さないよ」
ユキの胸倉を掴んで、スイは言った。自分自身の言った冷たい言葉に、これ以上ユキを追い込みたくないと、胸が痛む。
でも、そんな自分の痛みでアキが救えるなら。
ユキ。
君まで独りきりにはしない。
それは、スイなりの決意だった。随分長く一人で生きてきたスイがようやく見つけた一緒にいたいと願う人たちにスイがあげられる精一杯の誠意だった。
「……スイ……さん」
アキは絶対に助ける。それには、冷静にならないといけない。感情と思考を切り離す。今は、つまらないことに傷ついて立ち止まっている時間はない。
目を閉じ、何度か深呼吸を繰り返して、酸素を体内へ送り込む。鼓動のリズムを整えて、スイは思考を切り替えた。そして、再び目を開くときには、冷静な思考が戻っていた。少なくとも、表面的には。
「あいつらの狙いがなんなのか、俺は分からない。でも、それを手に入れるまで、アキ君の命を奪ったりはしない。……大丈夫。絶対、助ける」
かなり近くなってきたパトカーの音にスイはユキの腕を掴んだ。
「行こう。とにかく俺の部屋」
抵抗することなく頷くユキを連れて、スイは駈け出した。
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