遠くて近い世界で

司書Y

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 ぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 アラームの音が鳴り響く。
 その騒々しい音に頭まで毛布をかぶったまま、身じろぐ。それから、毛布の膨らみの主は、手探りで枕元をまさぐって、スマートフォンを探す。なかなか見つからなくて、もたもたしている間にアラーム音が一段大きな音になった。

「……くそ」

 誰にともなく悪態をついて、スイは少しだけ頭を毛布から出した。
 淡く翠がかった髪が目元にかかって鬱陶しい。片手でそれを無造作にかきあげると、目の下にたっぷりと隈を作った翠の瞳をうっそりと開けた。

「……ん……だよ」

 昨夜は、いや、今朝は山の稜線が明るくなり始めるころに眠りに就いた。情報屋などという胡散臭い仕事をしている割には、比較的一般人と変わらない生活をしているスイだが、昨夜は違っていた。いや、正確に言うと、昨夜だけではない。
 隣の住人が深夜に帰宅するのだ。
 まあ、それだけなら、勝手にしろという話なのだが、毎日女を連れ込む。連れ込むってことはヤることをヤる。どうでもいいのだが、おそらく、毎日違う女。ようはホストのヤり部屋らしい。毎晩毎晩、あんあん、ぱんぱんされていい加減寝不足になっていた。
 催眠療法の一件で、もとの部屋は人が住めたもんじゃない場所になってしまって、家財は全部だめになるし、商売道具まで全部おしゃか。あんなことのあった後なので、用心のためキープの部屋も一度全部解約した。現在新しい部屋を探しているが、条件に合うところがなかなか見つからない。
 ここよりましなどこかにとりあえず引っ越せばいいのだが、そもそも自由業のスイは人様と同じ生活を送る必要がないので、まあいいかと思っていた。
 思っていたのだが、どうしても昼間起きていたい理由があるのだ。

「……アラーム……なんて、かけてねぇ」

 そんな理由はさておき、昨夜はアラームをかけた覚えはない。

「…………んん」

 気を抜くと寝てしまいそうになる。もう、このまま毛布を頭からかぶって、ヘッドホンで耳ふさいで寝てしまいたい。しかし、わずか1か月前にヤクザに追い回されておいて、それはいくらなんでも無防備すぎる気もする。引き籠り根性とプロ意識が葛藤している。その間にもまた一段アラームの音が大きくなった。

「ち……っ」

 舌打ちしてスイは体を起こす。ぐらぐらと揺れる頭をなんとか押さえつけて、周りを見渡すと、ご丁寧にベッド脇のチェストの上にそれはあった。

ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。

 まだ毛布からは出たくなくて、手を伸ばしてスマートフォンを取る。アラームを消そうとスワイプすると、そこにはこう書かれていた。

 ユキ君。誕生日。

 まだ半分寝ぼけている頭で思い出す。
 そういえば、先週、アキに言われていた。

 12月13日さ。ユキの誕生日なんだ。スイさんも一緒に祝ってくれるかな?

 その時、リマインダーに登録していたのだ。
 最近、あの二人と一緒にいる事が多くなった。今のこの部屋は恐ろしく狭いので、主にスイが二人の部屋に入り浸っている。
 自分の仕事用のPCまで持参して遊びにいくこともあるし、頼まれれば一緒に仕事をするときもある。二人がいれば、安心して情報の海で戯れていられる。
 とにかく、居心地がいいのだ。
 独りだった時間が長い分、その隙間を埋めるように通い詰めている自分を迷惑な奴と思う。でも、全く嫌な顔をするどころか、来ない日には連絡までよこす二人に、ついつい居座ってしまう自分がいた。
 だから、夜型ではなく、昼型の生活をしている。といっても、あの二人もかなりの夜型なのだが。

 浮かれてんなぁ。

 それが、自分でもわかる。にま。と笑って、スイはアラームをOFFにした。

 それにしても。だ。
 今は朝5時。さすがに、早すぎる。

「ったく……なんでやねん」

 きっと、午後5時と間違えて登録したのだろう。呟いて、スイはベッドに倒れこんだ。いくらなんでも、まだ起きなくても大丈夫だ。
 起きたら、誕生日プレゼントを買いに行こう。それから、ケーキと、ごちそうを用意して……。
 そこまで考えたところでスイはもう一度眠りに落ちて行った。
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