遠くて近い世界で

司書Y

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7-4

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 ヘッドホンからはあの日の歌が流れていた。大切な人にそばにいてほしいと、どんな困難でもそばにいてくれれば乗り越えられると、女々しい男の歌。
 でも、この歌が好きだった。
 大切な人たちに出会ったあの日にかかっていた曲だから。

 リズムに合わせてキーを打つ。指が軽い。何も怖くない。どこまででもいける気がする。

 曲に合わせて、気持ちよく鼻歌を歌い始めると、乱暴にヘッドホンをはずされた。“なにすんの?”と非難を込めて見上げると、黒いスーツに機関銃というシュールな姿でユキが恨みがましく睨んでいる。

「ちょっと、スイさん。仕事中でしょ? 今、完全に楽しんでたよね?」

 言う間にも、ノールックで背後から二人を狙っていた男の脳天を打ち抜く。

「俺、まじめに仕事してるよ? なあ、兄貴からも言ってやってくれる? この人鼻歌歌ってたけど」

 ジジ。
 と音がして、無線から聞こえてくるのは、アキの声。

「はあ? まじめに……ってくれないと……ジジ……ゅう料でないよ?」

 ここは“敵地”の真っ只中。現在、別働隊のアキとあと二人の仲間が自由に動けるように、セキュリティシステムのハッキング中だった。

「はいはい。もう、終わったよ? 今どこ?」

 27番通路。との返事に、目的地までその先にあるドアをすべてOPENにする。

「OK。できたよ。これから、そっちに合流する」

「りょーかい」

 返事を聞いてから、端末に繋がっていた自分のノートPCの配線を切る。それから、リュックにPCを入れて立ち上がる。

「いこ。ユキ君」

 あれから、随分時間が過ぎた。
 いろいろ……本当にいろいろあって、スイは今、アキとユキと一緒にいる。
 幸福も、困難も、喜びも、悲しみも、苦痛も、日常も、全部共に歩んできた。そして、その一つ一つを通り過ぎるたびに咲く花の花弁でスイの世界は埋め尽くされている。

「……なにか考えてた?」

 時々なんでも分かってるみたいに鋭いユキ。思えば、あの日ユキが“焼肉”なんていってくれたから、自分はここにいるのだと思う。
 自分の黒いスーツの裾についた埃を手で払って、スイは笑った。

「……あの日の焼肉代は凄かった」

 その一言で頭の上に分かりやすくハテナマークのついたアキのおそろいの黒スーツの背中を叩く。

「アキ君が待ってる」

 そういうと、また、あの出会った日のような精悍な表情に変わって、ユキが走り出した。
 
 その背中を見失わないようにスイも走り出す。
 ずっと、これからもずっと、そうして追いかけていよう。二人の背中を見失わないように。
 スイは思う。


 首に下げたヘッドホンからは、あの日の歌がいつまでも流れていた。
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