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そのニュースが流れたのは、スイと別れてから1週間ほどたったころだった。
「ちょっ……兄貴! テレビっ。みた??」
どたばたと部屋に入って来る弟は、黙っていたら窒息でもしてしまうんじゃないかと思うほどいつもやかましい。おちおち新聞も読んでいられない。と、アキはため息をついた。
「ん」
弟の問いには答えず、持っていた新聞の記事を彼に向って突き出す。
怪訝な顔で新聞を受け取って、ユキは指差された小さな記事を読んだ。
「……自衛軍の関係施設で……火災? 重要なデータの焼失……仕事上のストレスで……放火!?」
ユキが新聞を読んでいる間にアキはテレビの電源を入れた。大画面の液晶テレビに映し出されたのは、暴力団同士の内部抗争の話題だった。
「……兄貴……これ」
アキの背後のテレビでは、燃え上がる四犀会の事務所の前でレポートする男性アナウンサーの姿。同じ四犀会の構成員による自爆テロらしい。しかも、この街に5か所ある事務所の全てに同時多発的に敢行された爆破事件に、現場ばかりでなく、スタジオまでが騒然としていた。
「……あいつだな」
苦虫をかみつぶしたような顔で、アキが言う。
「ちわ」
二人して、テレビのニュースにくぎ付けになっていたところを後ろから声をかけられて、とっさに胸元の銃に手をかけて振り返る。
「鍵開いてたよ? 不用心だな」
しかし、そこにいたのは、もちろん、見知った顔だった。
鍵は開いていただろうか?
アキは思う。
「……翡翠さん」
ユキが驚きを隠せないという顔で言った。仕事中には野生の獣並みの危機察知能力をもっているユキだが、ムラがあるのが難点だ。難点なのだが、今回はアキ自身も全く気付いてはいなかった。
「それ、やめろって」
どうしてなのかは知らないが、本名を呼ばれるのを嫌がるスイは苦笑する。
「なんでここに?」
少なくとも敵意は感じない。
でも、正直彼に事はよくわからない。
最初は警戒心の強い草食動物だと思っていた。アキや、ユキと比べなくとも細身の肩や腰は、華奢とまでは言わないが、決して逞しいとは言い難い。警戒心の強さは肉体的な弱さを補うためだと思っていた。
話してみるとその印象は変わった。スイはとても頭のいい男だった。そして、とても負けず嫌いだった。それなのに、その翠色の瞳にはいつも諦めの色が浮かんでいた。独りでいる事は何かを失った彼が、自分を守るための処世術なのだと感じた。
「あ。うん。全部うまくいったから。祝杯あげる約束だっただろ? 奢るよ」
しかし、目の前にいるこの男は誰だろう。
「全部って……?」
答えを得るのが怖いような感覚に襲われる。
「“ぜんぶ”。戦技研のことも、四犀会のことも、公安のことも」
にっこりとほほ笑んでスイが答える。半ば以上、予想していた答えだった。
朝、新聞を見たときから、いや、おそらくは“仕事を頼みたい”とスイが言ったときからだ。
「公安?」
話についていけずに、ユキが問う。
「あ。それは、最小限にしておいたよ? 俺と、例の“催眠療法”のデータ消去だけ」
「は?」
1週間前、スイと別れた後、渡されたフラッシュとmicroSDの中身をアキは確認しなかった。興味本位なのか、戦技研がからんでいるからなのかユキは見たがったが、確認させなかった。
データの性質上、少しでも見る機会を減らした方がいい。
刷り込みに30時間かかるという話もアキは信じてはいなかった。
それ以上に、何か気味の悪い感覚があったからだ。その感覚を何と呼ぶのか。アキは知っていた。
「君たちはデータ見なかったんだ。多分そうすると思ってた」
そうだ。これは虫の知らせというやつだ。
「……でも、見ていたら。もう、二度と会いには来なかった」
「……説明してくれ」
喉がやけに渇く。
これは、本当にあの時のスイなのか。
「いいけど……面白くはないよ?」
革張りのソファに座って、脚を組み、まるで世間話でもするようにスイが話し始めた。
「ちょっ……兄貴! テレビっ。みた??」
どたばたと部屋に入って来る弟は、黙っていたら窒息でもしてしまうんじゃないかと思うほどいつもやかましい。おちおち新聞も読んでいられない。と、アキはため息をついた。
「ん」
弟の問いには答えず、持っていた新聞の記事を彼に向って突き出す。
怪訝な顔で新聞を受け取って、ユキは指差された小さな記事を読んだ。
「……自衛軍の関係施設で……火災? 重要なデータの焼失……仕事上のストレスで……放火!?」
ユキが新聞を読んでいる間にアキはテレビの電源を入れた。大画面の液晶テレビに映し出されたのは、暴力団同士の内部抗争の話題だった。
「……兄貴……これ」
アキの背後のテレビでは、燃え上がる四犀会の事務所の前でレポートする男性アナウンサーの姿。同じ四犀会の構成員による自爆テロらしい。しかも、この街に5か所ある事務所の全てに同時多発的に敢行された爆破事件に、現場ばかりでなく、スタジオまでが騒然としていた。
「……あいつだな」
苦虫をかみつぶしたような顔で、アキが言う。
「ちわ」
二人して、テレビのニュースにくぎ付けになっていたところを後ろから声をかけられて、とっさに胸元の銃に手をかけて振り返る。
「鍵開いてたよ? 不用心だな」
しかし、そこにいたのは、もちろん、見知った顔だった。
鍵は開いていただろうか?
アキは思う。
「……翡翠さん」
ユキが驚きを隠せないという顔で言った。仕事中には野生の獣並みの危機察知能力をもっているユキだが、ムラがあるのが難点だ。難点なのだが、今回はアキ自身も全く気付いてはいなかった。
「それ、やめろって」
どうしてなのかは知らないが、本名を呼ばれるのを嫌がるスイは苦笑する。
「なんでここに?」
少なくとも敵意は感じない。
でも、正直彼に事はよくわからない。
最初は警戒心の強い草食動物だと思っていた。アキや、ユキと比べなくとも細身の肩や腰は、華奢とまでは言わないが、決して逞しいとは言い難い。警戒心の強さは肉体的な弱さを補うためだと思っていた。
話してみるとその印象は変わった。スイはとても頭のいい男だった。そして、とても負けず嫌いだった。それなのに、その翠色の瞳にはいつも諦めの色が浮かんでいた。独りでいる事は何かを失った彼が、自分を守るための処世術なのだと感じた。
「あ。うん。全部うまくいったから。祝杯あげる約束だっただろ? 奢るよ」
しかし、目の前にいるこの男は誰だろう。
「全部って……?」
答えを得るのが怖いような感覚に襲われる。
「“ぜんぶ”。戦技研のことも、四犀会のことも、公安のことも」
にっこりとほほ笑んでスイが答える。半ば以上、予想していた答えだった。
朝、新聞を見たときから、いや、おそらくは“仕事を頼みたい”とスイが言ったときからだ。
「公安?」
話についていけずに、ユキが問う。
「あ。それは、最小限にしておいたよ? 俺と、例の“催眠療法”のデータ消去だけ」
「は?」
1週間前、スイと別れた後、渡されたフラッシュとmicroSDの中身をアキは確認しなかった。興味本位なのか、戦技研がからんでいるからなのかユキは見たがったが、確認させなかった。
データの性質上、少しでも見る機会を減らした方がいい。
刷り込みに30時間かかるという話もアキは信じてはいなかった。
それ以上に、何か気味の悪い感覚があったからだ。その感覚を何と呼ぶのか。アキは知っていた。
「君たちはデータ見なかったんだ。多分そうすると思ってた」
そうだ。これは虫の知らせというやつだ。
「……でも、見ていたら。もう、二度と会いには来なかった」
「……説明してくれ」
喉がやけに渇く。
これは、本当にあの時のスイなのか。
「いいけど……面白くはないよ?」
革張りのソファに座って、脚を組み、まるで世間話でもするようにスイが話し始めた。
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