遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
26 / 414
SbM

7-1

しおりを挟む
 そのニュースが流れたのは、スイと別れてから1週間ほどたったころだった。

「ちょっ……兄貴! テレビっ。みた??」

 どたばたと部屋に入って来る弟は、黙っていたら窒息でもしてしまうんじゃないかと思うほどいつもやかましい。おちおち新聞も読んでいられない。と、アキはため息をついた。

「ん」

 弟の問いには答えず、持っていた新聞の記事を彼に向って突き出す。
 怪訝な顔で新聞を受け取って、ユキは指差された小さな記事を読んだ。

「……自衛軍の関係施設で……火災? 重要なデータの焼失……仕事上のストレスで……放火!?」

 ユキが新聞を読んでいる間にアキはテレビの電源を入れた。大画面の液晶テレビに映し出されたのは、暴力団同士の内部抗争の話題だった。

「……兄貴……これ」

 アキの背後のテレビでは、燃え上がる四犀会の事務所の前でレポートする男性アナウンサーの姿。同じ四犀会の構成員による自爆テロらしい。しかも、この街に5か所ある事務所の全てに同時多発的に敢行された爆破事件に、現場ばかりでなく、スタジオまでが騒然としていた。

「……あいつだな」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、アキが言う。

「ちわ」

 二人して、テレビのニュースにくぎ付けになっていたところを後ろから声をかけられて、とっさに胸元の銃に手をかけて振り返る。

「鍵開いてたよ? 不用心だな」

 しかし、そこにいたのは、もちろん、見知った顔だった。
 鍵は開いていただろうか?
 アキは思う。

「……翡翠さん」

 ユキが驚きを隠せないという顔で言った。仕事中には野生の獣並みの危機察知能力をもっているユキだが、ムラがあるのが難点だ。難点なのだが、今回はアキ自身も全く気付いてはいなかった。

「それ、やめろって」

 どうしてなのかは知らないが、本名を呼ばれるのを嫌がるスイは苦笑する。

「なんでここに?」

 少なくとも敵意は感じない。
 でも、正直彼に事はよくわからない。
 最初は警戒心の強い草食動物だと思っていた。アキや、ユキと比べなくとも細身の肩や腰は、華奢とまでは言わないが、決して逞しいとは言い難い。警戒心の強さは肉体的な弱さを補うためだと思っていた。
 話してみるとその印象は変わった。スイはとても頭のいい男だった。そして、とても負けず嫌いだった。それなのに、その翠色の瞳にはいつも諦めの色が浮かんでいた。独りでいる事は何かを失った彼が、自分を守るための処世術なのだと感じた。

「あ。うん。全部うまくいったから。祝杯あげる約束だっただろ? 奢るよ」

 しかし、目の前にいるこの男は誰だろう。

「全部って……?」

 答えを得るのが怖いような感覚に襲われる。

「“ぜんぶ”。戦技研のことも、四犀会のことも、公安のことも」

 にっこりとほほ笑んでスイが答える。半ば以上、予想していた答えだった。
 朝、新聞を見たときから、いや、おそらくは“仕事を頼みたい”とスイが言ったときからだ。

「公安?」

 話についていけずに、ユキが問う。

「あ。それは、最小限にしておいたよ? 俺と、例の“催眠療法”のデータ消去だけ」

「は?」

 1週間前、スイと別れた後、渡されたフラッシュとmicroSDの中身をアキは確認しなかった。興味本位なのか、戦技研がからんでいるからなのかユキは見たがったが、確認させなかった。
 データの性質上、少しでも見る機会を減らした方がいい。
 刷り込みに30時間かかるという話もアキは信じてはいなかった。
 それ以上に、何か気味の悪い感覚があったからだ。その感覚を何と呼ぶのか。アキは知っていた。

「君たちはデータ見なかったんだ。多分そうすると思ってた」

 そうだ。これは虫の知らせというやつだ。

「……でも、見ていたら。もう、二度と会いには来なかった」

「……説明してくれ」

 喉がやけに渇く。
 これは、本当にあの時のスイなのか。

「いいけど……面白くはないよ?」

 革張りのソファに座って、脚を組み、まるで世間話でもするようにスイが話し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...