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SbM
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その経験は、多分この5年間で一番衝撃的で、できることなら2度と味わいたくないと思う時間だった。
「…………っ。ちょ……止まって」
信じられないスピードで景色が後方に飛んでいく。
追跡してきた3台の車が、見えなくなったのは随分前だ。1台目はカーブを曲がり切れずに縁石に乗り上げてそのままコンビニのガラスにささり、2台目は急ブレーキをかけたこちらの車に幅寄せされて橋の欄干を乗り越え、3台目は物理法則を無視したような(実際にはものすごく物理法則にのっとっているのだが)ターンとともに逆走した車についてこられずに道路の中央分離帯に腹をこすって止まった。
「は? ……なんだって?」
それなのに、追跡者が見えなくなってからは鼻歌交じりで、白髪の男はわざととしか思えないハイスピードで街中を疾走する。正直、この華麗(?)なドライビングテクニックを動画投稿サイトにでも投稿されたら、かえって目立ってすぐに見つかってしまうと思う。
それでも、スイの反応を見て楽しんでいるのか、自分のドラテクを見せつけたいだけなのか、白髪の男の暴走は止まらない。いや、きっとその両方なのだと、スイは思った。
「ああ。ごめん。これ? 返すよ」
そういって、ひょいっと投げてよこしたナイフがリアシートに突き刺さる。絶対に聞こえていたはずだ。その証拠にさらにスピードが上がった気がする。
「……と……まれって。吐くぞ!」
さっきから、スイの繊細な三半規管は悲鳴を上げている。
「あ? あんくらいでなにいっちゃってんのwwテーマパーク初めての女子か」
危険を感知する感覚のネジが2・3本緩んでるどころか、抜け落ちている奴と一緒にされたくない。
「……ぅ」
わざとらしく口元を押さえて見せると、ようやく少しだけスピードが緩んだ。
「はいはい。わかったって。でも、もちょっと、付き合ってもらうよ?」
スピードが緩んだ。と言っても法定速度なんて言葉を「何それ美味しいの?」とでもいうようなスピードで車は疾走する。しかし、これまでの走ることが目的の楽しいドライブとは違い、今度は目的地を目指しているようだ。
「~♪」
やはり、鼻歌交じりで、軽やかにハンドルを切る白髪の男を、スイはじっと見つめた。もう、抵抗する気もなかった。自分を狙っている連中の仲間でないことだけは分かっていたし、冷たそうな外見に反して、皮肉っぽいのにどこか憎めない口調や、スイの反応を楽しんでいる子供の様な悪戯っぽい笑顔が彼には心地よく感じられた。
それから。その鼻歌が、スイの好きな曲だったのも理由の一つかもしれない。
「なに?」
スイの視線に気づいて、赤い瞳がちらりとこちらを見る。まるでルビーのようだと、綺麗だなと思う。男に思うことでないし、自分が言われたら気持ち悪いだろうなと思うのだが。
「……名前……。何だっけ?」
ふと、聞こえていた鼻歌が途切れる。
「アキだよ。言わなかったっけ?」
サビの部分に入る前だったので、少し残念に思う。なかなか上手いから。
「や。そうじゃなくて、その曲の名前」
聞きたいことがありすぎて、どれから聞いたら良いのか分からなかった。なのに、いや、だからか。口をついてのはまったく関係のない問いだった。
「は?」
スイの質問が、意外すぎたのか、白髪の男、アキが振り返る。
「前。……その曲。好きなんだよ。でも、タイトルがわからない」
前方を指差して、脇見運転を注意してから、もう一度聞く。
スイの注意に素直に前を向いてから、アキはしばし考え込んだ。
「……“ひまわりの約束”?」
タイトルを思い出していたのか、それとも場違いなスイの質問の裏でも考えていたのか、白髪の青年が今度はこちらを見ることなく、答える。
ああ。そうだった。
そんなタイトルだった。
別に他意などない。ただ純粋に知りたかっただけだ。
「で? なんで、俺のこと助けたんだ?」
一応、ちゃんと質問に答える気はあるようなので、聞いてみる。
「……あ。うん。もう着く」
アスファルトを派手にこする音を響かせて、ややドリフト気味に路地を曲がって、車は止まった。
「中で話そ」
運転席を降りて、リアシートのドアを開け、恭しくお辞儀をする白髪の青年。
美人は得だな……。
と、口には出さずに思う。こんな状況なのに、そんな仕草があんまり様になっているから、素直に従ってしまっている自分がいた。
もし、彼がスイの命を奪おうという意思があったなら、ナイフを取られた時点で終わっている。彼に敵意がないのなら、話を聞いて、状況の判断材料を増やそう。
誰も責める者などいないのに、言い訳がましく考えて、スイは彼の後に従った。
見上げると、そこは古びたレンガ造りの4・5階建てのビルだった。
「…………っ。ちょ……止まって」
信じられないスピードで景色が後方に飛んでいく。
追跡してきた3台の車が、見えなくなったのは随分前だ。1台目はカーブを曲がり切れずに縁石に乗り上げてそのままコンビニのガラスにささり、2台目は急ブレーキをかけたこちらの車に幅寄せされて橋の欄干を乗り越え、3台目は物理法則を無視したような(実際にはものすごく物理法則にのっとっているのだが)ターンとともに逆走した車についてこられずに道路の中央分離帯に腹をこすって止まった。
「は? ……なんだって?」
それなのに、追跡者が見えなくなってからは鼻歌交じりで、白髪の男はわざととしか思えないハイスピードで街中を疾走する。正直、この華麗(?)なドライビングテクニックを動画投稿サイトにでも投稿されたら、かえって目立ってすぐに見つかってしまうと思う。
それでも、スイの反応を見て楽しんでいるのか、自分のドラテクを見せつけたいだけなのか、白髪の男の暴走は止まらない。いや、きっとその両方なのだと、スイは思った。
「ああ。ごめん。これ? 返すよ」
そういって、ひょいっと投げてよこしたナイフがリアシートに突き刺さる。絶対に聞こえていたはずだ。その証拠にさらにスピードが上がった気がする。
「……と……まれって。吐くぞ!」
さっきから、スイの繊細な三半規管は悲鳴を上げている。
「あ? あんくらいでなにいっちゃってんのwwテーマパーク初めての女子か」
危険を感知する感覚のネジが2・3本緩んでるどころか、抜け落ちている奴と一緒にされたくない。
「……ぅ」
わざとらしく口元を押さえて見せると、ようやく少しだけスピードが緩んだ。
「はいはい。わかったって。でも、もちょっと、付き合ってもらうよ?」
スピードが緩んだ。と言っても法定速度なんて言葉を「何それ美味しいの?」とでもいうようなスピードで車は疾走する。しかし、これまでの走ることが目的の楽しいドライブとは違い、今度は目的地を目指しているようだ。
「~♪」
やはり、鼻歌交じりで、軽やかにハンドルを切る白髪の男を、スイはじっと見つめた。もう、抵抗する気もなかった。自分を狙っている連中の仲間でないことだけは分かっていたし、冷たそうな外見に反して、皮肉っぽいのにどこか憎めない口調や、スイの反応を楽しんでいる子供の様な悪戯っぽい笑顔が彼には心地よく感じられた。
それから。その鼻歌が、スイの好きな曲だったのも理由の一つかもしれない。
「なに?」
スイの視線に気づいて、赤い瞳がちらりとこちらを見る。まるでルビーのようだと、綺麗だなと思う。男に思うことでないし、自分が言われたら気持ち悪いだろうなと思うのだが。
「……名前……。何だっけ?」
ふと、聞こえていた鼻歌が途切れる。
「アキだよ。言わなかったっけ?」
サビの部分に入る前だったので、少し残念に思う。なかなか上手いから。
「や。そうじゃなくて、その曲の名前」
聞きたいことがありすぎて、どれから聞いたら良いのか分からなかった。なのに、いや、だからか。口をついてのはまったく関係のない問いだった。
「は?」
スイの質問が、意外すぎたのか、白髪の男、アキが振り返る。
「前。……その曲。好きなんだよ。でも、タイトルがわからない」
前方を指差して、脇見運転を注意してから、もう一度聞く。
スイの注意に素直に前を向いてから、アキはしばし考え込んだ。
「……“ひまわりの約束”?」
タイトルを思い出していたのか、それとも場違いなスイの質問の裏でも考えていたのか、白髪の青年が今度はこちらを見ることなく、答える。
ああ。そうだった。
そんなタイトルだった。
別に他意などない。ただ純粋に知りたかっただけだ。
「で? なんで、俺のこと助けたんだ?」
一応、ちゃんと質問に答える気はあるようなので、聞いてみる。
「……あ。うん。もう着く」
アスファルトを派手にこする音を響かせて、ややドリフト気味に路地を曲がって、車は止まった。
「中で話そ」
運転席を降りて、リアシートのドアを開け、恭しくお辞儀をする白髪の青年。
美人は得だな……。
と、口には出さずに思う。こんな状況なのに、そんな仕草があんまり様になっているから、素直に従ってしまっている自分がいた。
もし、彼がスイの命を奪おうという意思があったなら、ナイフを取られた時点で終わっている。彼に敵意がないのなら、話を聞いて、状況の判断材料を増やそう。
誰も責める者などいないのに、言い訳がましく考えて、スイは彼の後に従った。
見上げると、そこは古びたレンガ造りの4・5階建てのビルだった。
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