遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
14 / 414
SbM

3-5

しおりを挟む
 ぴんぽーん。

 不意に鳴ったチャイムの音に、スイは思わず言葉にはならない声を漏らした。

 ぴんぽーん。

 うその様に間の抜けた音が、再び響く。

「な……に?」

 思っていたより早い。5分という設定も、短すぎると思っていたのに。もちろん、普段無人のこの部屋を意味もなく訪ねて来る人物がいるはずがない。
 いや。
 それよりも。

「なんで……?」

 スイは混乱していた。
 まったく、何の気配も感じてはいなかったのだ。チャイムが押されるその瞬間まで、ドアの外に人の気配を感じる事が出来なかった。
 そんなはずがない。
 スイは思う。
 どんなに息を殺していても、自分にはわかると、自負があった。たとえ、それが、深く思考に沈んでいるときでも、ヘッドホンを外している自分がそれを見逃すはずがない。そうでなければ、生きては来られなかった。
 足音も。息遣いも。匂いも。背筋を撫でられるような殺気も。
 何も。何も感じられない。

 ぴんぽーん。

 そう、チャイムが鳴っている今でさえ。

 ぴんぽーん。

 それが、意味する事をスイは理解した。
 
 本物だ……。

 今までの“自称”ではなく、本物のプロがいる。

 ふ。

 と、短く息を吐いて、スイはPCに差してあったフラッシュメモリを抜いた。それをmicroSDと一緒にポケットに入れる。
 それから、玄関のドアに向かう。
 この部屋には裏口がない。あったとしても、そこに向かうことはしなかっただろう。今、ドアの向こうにいる相手が、裏口の存在を失念しているはずがないと、確信できた。そして、チャイムを鳴らした時点で相手は己の存在を隠す気などないのだ。であるとすれば、裏口には、容易には突破できない難関が仕掛けられているはずだ。むしろ、そっちが本命であるほどの。だから、玄関に向かう方が正しい。
 向いながら腰の後ろに差したナイフを手に取る。あと3本だったか。あんな雑魚に使わなければよかったと少し後悔した。
 それから、やっぱり、今時ナイフって、銃の一丁も持っていればよかったと思う。

 心臓のおと。うるさい。

 自身の心臓の鼓動に悪態をつく。ドアまでがやけに長く感じられた。
 喉がからからになっているのは、昨夜から何も口にしていないせいなのか、ドアの近くまで来て、急に感じられるようになった外からの気配のせいなのかわからない。まるで、すぐにスイが攻撃をしかけないことを確認して、その上で挑発されているような気がしてくる。
 ドアのノブに手をかけて、スイはほんの一瞬だけ、動きを止めた。
 外からは、人の気配は感じられるが、物音一つしない。

 勢いよくドアを開けながら、スイはナイフを外にいた人物の首元に突き付けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...