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荒い息を整えながら、スイは部屋のドアを閉めた。半地下になっている部屋には外の明かりも、喧騒もほとんど届かない。そこは、情報を操作して他人名義で借りている部屋。いくつかキープしているスイの隠れ家の一つだった。
自室からはそれほど離れた場所ではないのだが、追手を確実に撒くため、随分遠回りをして、そこに辿りついたのはもう明け方だった。
明かりを付けて部屋を見回す。そして、侵入の痕跡を探る。先ほど自室で感じたような“傷痕”はとりあえず感じる事は出来ない。
そのことにスイは安堵のため息を漏らした。それでも、注意深く部屋の中を見回しながら、ソファに座る。それから、背もたれに身を預けてしばし目を閉じた。
裏稼業専門の諜報、データ回収、おまけで趣味の暗号解読を始めたのは、5年ほど前だった。いわゆる情報屋というやつである。
とにかく、独りでできる事ならなんでもよかった。幸いにも魔法使いに譬えられるハッキングの腕を買いたいという人間は少なくなかった。
危険な目にあうことも少なくはなかったが、以前やっていた仕事でのスキルは身を守るには十分すぎるほどだった。自分に銃口を向けている人間が引く、引き金より早く眉間にナイフを突き立てられる程度には。
はぁ。
しかし、わからない。
襲われた理由が。
そう。“思い当たらない”のではなく“わからない”。思い当たる節が多すぎて、特定することができないのだ。
報酬をもらっている裏側で、どれだけの人間が自分の流した情報で被害を被ったことか。まあ、ほとんどは公にできない後ろ暗い人間たちではあるのだが、逆恨みな分、話して理解させるのは不可能に近い。
「ここいらが潮時……かな」
5年。
長く持った方だと思う。
所詮独りでできることなど多くはないのだ。
ヘッドホンをして、安心してデータの海と戯れられる場所など、この街にはもうない。
「結構。気に入ってたんだけどな……」
電灯の眩しさに手をかざして、じっと見つめる。動き回って乱れた髪も一緒に電灯の光に透けて、視界の端が緑色にぼやける。
ふと、何かが頭を過るが、スイはそれにわざと気付かないふりをした。いろいろなことが頭を巡って、もうこのまま休んでしまいたかった。あまりにいろんなことがあったこの街で、嫌いではないこの街で、このまま空気に溶けてしまいたかった。
自棄になっているということも、自分自身で分かっている。客観的に見て、自分がひどく疲れているのも理解していた。もう、これ以上自分自身のために動く気力が、今はない。
ヘッドホンをつけて、スマートフォンをタップする。何といったか、大戦前の古い古い歌が流れだした。
少年たちが線路を歩いて、何かを探すジュブナイル。つまらないありきたりな映画の歌。けれど、彼らは信じている。
一人じゃないから、仲間がそばにいてくれるから、夜が更けて何も見えないくらいに真っ暗でも。空が降ってきても。山が崩れて海が埋まっても。大丈夫だと信じられる。
そんな、単純だけど、彼らにとっては世界の大切な決まり事のような歌詞。
「だよな。
独りでいることほど怖いことなんて
きっとこの世にない」
呟いて、左手の甲で目を塞ぐ。強く目を閉じると、そこは何も見えない暗闇だった。
その世界で、スイはたった独りだった。
ああ。そうか。
途端にスイは理解した。
………………さみしい……。んだ。
時間がない気がした。でも、もう身体も心も疲労が限界だった。
そうして、ようやくスイの長い一日が終わった。
自室からはそれほど離れた場所ではないのだが、追手を確実に撒くため、随分遠回りをして、そこに辿りついたのはもう明け方だった。
明かりを付けて部屋を見回す。そして、侵入の痕跡を探る。先ほど自室で感じたような“傷痕”はとりあえず感じる事は出来ない。
そのことにスイは安堵のため息を漏らした。それでも、注意深く部屋の中を見回しながら、ソファに座る。それから、背もたれに身を預けてしばし目を閉じた。
裏稼業専門の諜報、データ回収、おまけで趣味の暗号解読を始めたのは、5年ほど前だった。いわゆる情報屋というやつである。
とにかく、独りでできる事ならなんでもよかった。幸いにも魔法使いに譬えられるハッキングの腕を買いたいという人間は少なくなかった。
危険な目にあうことも少なくはなかったが、以前やっていた仕事でのスキルは身を守るには十分すぎるほどだった。自分に銃口を向けている人間が引く、引き金より早く眉間にナイフを突き立てられる程度には。
はぁ。
しかし、わからない。
襲われた理由が。
そう。“思い当たらない”のではなく“わからない”。思い当たる節が多すぎて、特定することができないのだ。
報酬をもらっている裏側で、どれだけの人間が自分の流した情報で被害を被ったことか。まあ、ほとんどは公にできない後ろ暗い人間たちではあるのだが、逆恨みな分、話して理解させるのは不可能に近い。
「ここいらが潮時……かな」
5年。
長く持った方だと思う。
所詮独りでできることなど多くはないのだ。
ヘッドホンをして、安心してデータの海と戯れられる場所など、この街にはもうない。
「結構。気に入ってたんだけどな……」
電灯の眩しさに手をかざして、じっと見つめる。動き回って乱れた髪も一緒に電灯の光に透けて、視界の端が緑色にぼやける。
ふと、何かが頭を過るが、スイはそれにわざと気付かないふりをした。いろいろなことが頭を巡って、もうこのまま休んでしまいたかった。あまりにいろんなことがあったこの街で、嫌いではないこの街で、このまま空気に溶けてしまいたかった。
自棄になっているということも、自分自身で分かっている。客観的に見て、自分がひどく疲れているのも理解していた。もう、これ以上自分自身のために動く気力が、今はない。
ヘッドホンをつけて、スマートフォンをタップする。何といったか、大戦前の古い古い歌が流れだした。
少年たちが線路を歩いて、何かを探すジュブナイル。つまらないありきたりな映画の歌。けれど、彼らは信じている。
一人じゃないから、仲間がそばにいてくれるから、夜が更けて何も見えないくらいに真っ暗でも。空が降ってきても。山が崩れて海が埋まっても。大丈夫だと信じられる。
そんな、単純だけど、彼らにとっては世界の大切な決まり事のような歌詞。
「だよな。
独りでいることほど怖いことなんて
きっとこの世にない」
呟いて、左手の甲で目を塞ぐ。強く目を閉じると、そこは何も見えない暗闇だった。
その世界で、スイはたった独りだった。
ああ。そうか。
途端にスイは理解した。
………………さみしい……。んだ。
時間がない気がした。でも、もう身体も心も疲労が限界だった。
そうして、ようやくスイの長い一日が終わった。
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