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SbM
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~♪
スマートフォンがメールの着信を告げる。ソファの上に視線を巡らせると、着信を知らせる緑のあかりがちらちらとみえていた。
折角準備万端になったのに。と。もう、我慢することも諦めてしまったため息をついてスイは立ち上がった。
ソファの座面と背もたれの間に挟まったスマートフォンを取り上げる。そして、画面をスワイプする。それから、メールソフトを起動する。
いい予感なんてもの。
スイは感じたことなんてない。
いつも決まって。予感は何か、悪いものを連れて来る。
見たことのないアドレスも。
今時珍しいメールなんて連絡手段も。
それが、仕事用ではなく、完全プライベート用のスマホにきたことも。
全ては何かよくないことの前触れに感じられた。
それなのに。だ。
まるで糸に繰られる操り人形のように指はそのメールを開く。
No title
いますぐそこをでろ
たった一文のメールを読むのにたっぷり30秒はかけたと思う。文字をなぞる。意味を理解する。その意味するところを考える。
「いますぐそこをで……」
言葉に出した瞬間。かすかに、本当にかすかにドアの外の空気が変わった気がした。いくつもの“悪意”が蠢いているのが肌を通して感じられる気がする。それは、ほんの微かな靴音だったのか。火薬の匂いだったのか、空気に混じる鉄の錆の味だったのか。あるいは、そのすべてだったのか。それで充分だった。それで、スイはすべてを理解した。
咄嗟に、ノートPCからフラッシュメモリだけを引き抜く。それから、部屋を飛び出す。
もちろん、玄関のドアからではない。いかがわしい金融会社の事務所の二階にある自室の窓からだ。
割れた窓ガラスと一緒に2階から降ってきた男の、猫のようにしなやかな着地を、往来を通る人々が驚くのと、彼が飛び出してきた窓から、強烈な閃光と鼓膜を麻痺させるような甲高い音がするのはほぼ同時だった。
「……街中でなんてもん使ってんだ」
飛び出す瞬間、わずかに見えた黒く細長い筒。それが意味するところを瞬時に理解して、殆ど反射的に、ヘッドホンをつけて、目を塞いだ。“戦場”で(それがたとえ一瞬でも)目を閉じる事のリスクも全て考慮に入れた上だ。
着地後、ヘッドホンを外して、スイは窓を見上げた。あの中に後一瞬いたら、そう思ってぞっとする。
とにかく、ここを離れないと。
体制を立て直して走りだそうと、見つめる先にいた人物に、スイははっとした。
黑髪の狼。
それは、先ほど街角で見かけた男だった。
しかし、今度は男はスイの見ている前で背を向けた。
「あそこだ!いたぞ。」
頭上から降ってきた怒号に見上げると、顔に傷のある男が自分を指差しているのが見えた。
その声につられて、何人かが部屋の窓から顔を出す。どの顔も、おおよそ堅気の人間とは思えない。今日は何かと怖い方々に縁がある。
「……勘弁しろよ」
後から顔を出した男が銃を構えるのが見えた。周囲にはまだ状況がつかめない通行人が何人もいる。
このままでは、巻き添えで何人の死者が出るかわからない。
「……っ」
響いた銃声は、しかし、誰も傷つけることはなかった。
「……ぁあ」
音もなくスイの手を離れたナイフが銃を構えた男の額を貫いていたから。
額を貫かれた男はだらしなく開いた口から短い喘ぎをもらす。もう、意思を持たない指が惰性で引き金を引くが、それは誰もいない虚空へと消えていった。
蜘蛛の子を散らすように通行人が逃げ出す。
額にナイフを生やしたままの男が、倒れる瞬間だった。ふと、スイの頭にある考えが過る。
しかし、その考えをまとめている暇はなかった。死んだ男を窓の外に突き飛ばした別の男が、スイに銃口を向ける。考えるのをやめ、暗闇を探してスイも駈け出した。
スマートフォンがメールの着信を告げる。ソファの上に視線を巡らせると、着信を知らせる緑のあかりがちらちらとみえていた。
折角準備万端になったのに。と。もう、我慢することも諦めてしまったため息をついてスイは立ち上がった。
ソファの座面と背もたれの間に挟まったスマートフォンを取り上げる。そして、画面をスワイプする。それから、メールソフトを起動する。
いい予感なんてもの。
スイは感じたことなんてない。
いつも決まって。予感は何か、悪いものを連れて来る。
見たことのないアドレスも。
今時珍しいメールなんて連絡手段も。
それが、仕事用ではなく、完全プライベート用のスマホにきたことも。
全ては何かよくないことの前触れに感じられた。
それなのに。だ。
まるで糸に繰られる操り人形のように指はそのメールを開く。
No title
いますぐそこをでろ
たった一文のメールを読むのにたっぷり30秒はかけたと思う。文字をなぞる。意味を理解する。その意味するところを考える。
「いますぐそこをで……」
言葉に出した瞬間。かすかに、本当にかすかにドアの外の空気が変わった気がした。いくつもの“悪意”が蠢いているのが肌を通して感じられる気がする。それは、ほんの微かな靴音だったのか。火薬の匂いだったのか、空気に混じる鉄の錆の味だったのか。あるいは、そのすべてだったのか。それで充分だった。それで、スイはすべてを理解した。
咄嗟に、ノートPCからフラッシュメモリだけを引き抜く。それから、部屋を飛び出す。
もちろん、玄関のドアからではない。いかがわしい金融会社の事務所の二階にある自室の窓からだ。
割れた窓ガラスと一緒に2階から降ってきた男の、猫のようにしなやかな着地を、往来を通る人々が驚くのと、彼が飛び出してきた窓から、強烈な閃光と鼓膜を麻痺させるような甲高い音がするのはほぼ同時だった。
「……街中でなんてもん使ってんだ」
飛び出す瞬間、わずかに見えた黒く細長い筒。それが意味するところを瞬時に理解して、殆ど反射的に、ヘッドホンをつけて、目を塞いだ。“戦場”で(それがたとえ一瞬でも)目を閉じる事のリスクも全て考慮に入れた上だ。
着地後、ヘッドホンを外して、スイは窓を見上げた。あの中に後一瞬いたら、そう思ってぞっとする。
とにかく、ここを離れないと。
体制を立て直して走りだそうと、見つめる先にいた人物に、スイははっとした。
黑髪の狼。
それは、先ほど街角で見かけた男だった。
しかし、今度は男はスイの見ている前で背を向けた。
「あそこだ!いたぞ。」
頭上から降ってきた怒号に見上げると、顔に傷のある男が自分を指差しているのが見えた。
その声につられて、何人かが部屋の窓から顔を出す。どの顔も、おおよそ堅気の人間とは思えない。今日は何かと怖い方々に縁がある。
「……勘弁しろよ」
後から顔を出した男が銃を構えるのが見えた。周囲にはまだ状況がつかめない通行人が何人もいる。
このままでは、巻き添えで何人の死者が出るかわからない。
「……っ」
響いた銃声は、しかし、誰も傷つけることはなかった。
「……ぁあ」
音もなくスイの手を離れたナイフが銃を構えた男の額を貫いていたから。
額を貫かれた男はだらしなく開いた口から短い喘ぎをもらす。もう、意思を持たない指が惰性で引き金を引くが、それは誰もいない虚空へと消えていった。
蜘蛛の子を散らすように通行人が逃げ出す。
額にナイフを生やしたままの男が、倒れる瞬間だった。ふと、スイの頭にある考えが過る。
しかし、その考えをまとめている暇はなかった。死んだ男を窓の外に突き飛ばした別の男が、スイに銃口を向ける。考えるのをやめ、暗闇を探してスイも駈け出した。
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