真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

後日談 2 可愛いからって勝確なわけじゃない 3

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「それにしても……」

 持っていたお茶のペットボトルを石垣の上に置いて、菫は空を見上げる。松の隙間から太陽の光が零れて、きらきらと綺麗だ。

「お前が嫁になれとか言ったときにはどうしようかと思った」

 別にもう、いや、最初から新三を咎める気はない。彼も必死だったのだと菫は知っている。もし、椿の命がかかっていると知ったら、菫だって無茶をするだろう。

「仕方ないだろ。それしか方法がないと思ったんだ。他の社の中身が消えてくの見たことあるけど……ほんとに寂しくて。誰も……誰一人気づいてなくてさ。なくなっても、なんも変わんないんだ」

 そう言って、新三はまた、菫が作ってきたいなり寿司を頬張った。そっけない口調とは裏腹にすごく美味しそうに食べる。ちょっと、嬉しい。

「ここが本当に機能しなくなったら。黒様があんなふうに……って思ったら」

 菫が下敷きになったから、無理矢理に崩れた部分をどけたせいで、社は完全に崩壊した状態になっている。それを新三はじっと見つめていた。

「仮に装置を直したって、誰も振り向いてはくれないし。今の人間には、俺たちが見える人は殆どいないからな」

 新三の態度は最初からあまり変わらない。愛想は良くないし、一時は敬語になっていた口調もすっかり元に戻っている。けれど、表情や仕草には菫に対する親しみのようなものが垣間見えるようになった。ほんの少し。だけれど。

「気付いてもらえなきゃ。力は集まらない。けど。言ったろ? あんたは少し。じゃなくて、かなり、特別なんだよ。ホント。普通に歩いているのが……不思議なくらいに」

 その視線がふと、菫に移る。少しだけ赤みがかった瞳。その色は柔らかい。温かな囲炉裏の炎のようだ。

「だから、もう、黒様を助けるにはあんたしかいないって……悪かったよ」

 以外にも素直に謝られて、菫の方が少し照れる。彼らは自分の欲求に素直だ。だから、こんな時も悪いと思ったことに頭をさげることに躊躇しない。

「あのお……」

 菫と清三の会話を横で聞いていた冴夜がおずおずと手を挙げる。

「もしかしたら……新三、本気で番になるしか繋がりが持てないとか思ってたの?」

 恐る恐ると言った様子で彼女は新三に聞いた。

「は?」

 怪訝そうな顔で新三は問い返した。

「別にセックスなんてしなくても、繋がることはできるよ?」

 左手の親指と人差し指でわっかを作って、そこに右手の中指を差し込んでいる。

「ちょ……妙齢の女の子がそんなことするんじゃありません!」

 と、思わずツッコむ。突っ込んだ後、一瞬間を置いてから、冴夜が言っている意味を考えて菫は茫然とした。

「え……はあ??」

 思わず変な声が出た。

「は? ちょっと待てよ。だってお前、それしか方法がないって……」

 新三も変な声を出す。それから、ありえないという顔で茫然としている。

「や。だって、BLマンガじゃ定番じゃん? 腐女子の夢だよ~。古の神々と捧げられた生贄の恋愛譚。いいよねえ。それだけでいなり寿司10個は食べられるよ~」

「「はあ!?」」

 冴夜の言葉に、今度は新三と菫、同時に声を上げた。
 まさか、そこから嘘だったのか。と、言葉を失う。

「嘘……だったのか?」

 菫は思わず呟いた。

「本気にするとは思わなくて。てへ」

 ぺろり。と、冴夜は舌を出してかわい子ぶっている。
 悪戯は狐狸の性だ。
 と、言ったのは誰だったか。新三の真剣さに本当だと信じ込んでいたけれど、ソコが嘘だったとは全く想像していなかった。

「おま……っこの。ふざけんな!!」

 新三が立ち上がる。その後ろにぽろり。と、出てきてしまった尻尾が赤い炎のように燃える。瞳の色もいつの間にか燃えるような色に変わった。
 ああ。感情で外見も変わるのな。
 と、どこか他人事のように菫は思う。

「やーん。新三怖い」

 新三の怒りに怖がっているふりをして、冴夜は菫の後ろに逃げ込んだ。

「菫ちゃん助けて~」

 その首根っこを捕まえて、新三の前に放り出す。

「好きにしていいよ」

 菫の無慈悲な言葉に新三は頷いて、冴夜を追いかけだした。逃げる冴夜。そのまま、二人は境内のあちこちで追いかけっこを始めた。
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